ARCHIVES / COLUMN

毎日の字間

2017.06.1 映画の琴(コト)『人生フルーツ 』

2017.06.01

人生フルーツ
『人生フルーツ 』(2016年)

本映画で、僕は一番印象に残っているのが、主人公夫妻の夫で元建築家である津端修一のもとで働いていた部下のコメントである。その内容は「なんでスローライフという方向にいってしまったんだろうね。ほかにも方法はあったと思うけど…」という内容を話していた。この人物は本作品で一番感情移入しやすい人である。「(津端修一が)勝手に職場に来なくなるので困った」という話も僕にはうなずけた。

本作に描かれた津端夫妻の生活は本当に素晴らしい。高齢で元気なのも、この生活スタイルが関連していると考えると、自分の生活に危機感も生まれてくる。

戦後、大きく新しい豊かな住宅地のグランドデザインを手がけ、それが意に反して結果的に「豊か」がすっぽり抜け落ちた時に、その地に家をかまえスローライフ決意したひとつの夫妻。正直「そこまでしないといけないのだろうか?」と感じる自分もいるのである。疑問が湧き出る。本作はどういう気分で鑑賞すればいいのだろう。多分、選択肢は2つ。自分に関係があるか、ないかでわけることである。

「ない」で考えると気持ちは楽になる。「あぁ、こういう人もいるんだ。こういう人生はいいな」で終わることができる。そして、変わらない日常に戻る。これはいい。「ある」と考えたときが苦しい。では、自分もこの夫妻を見習わないといけないのだろうか。スマートフォンを捨てて、劇中に出てきた黒電話にしないといけないのだろうか。ハガキでコミニュケーションしないといけないのか。一軒家をかまえ庭で100種類の植物を育てる。でも、TVはあってもいいのだな等と考える。これは息苦しい。つらい。

そして、この文章の最初に触れた、かつての部下の人のコメントを思い出すのである。「ほかの方法はなかったのか」。この夫妻は現代の特権階級である。誰よりも豊かな生活をしている。そして、誰もが真似のできない生活をしている。勤め人という立場で豊かな住宅地をデザインして、それができなかった時に津端修一は「自分の家」で理想の家をデザインし、豊かな生活の実践をはじめた。そして、それは誰もが羨む人生(フルーツ)となった。

しかし、同時にそれをドキュメンタリー映画の中に理想を眺める僕達はどうすればいいのだろう? 僕はここの少し突き放された気持ちになるのだ。この夫妻に続いて行動しないといけないのか。それは多分、僕には無理だと思う。僕ができるのは、この夫妻の物語を美しい理想と記憶にとどめながら「ほかの方法」を模索するぐらいである。津端夫妻の豊かで美しい生活を横目で嫉妬し「他の方法」も考えてよ、と思う弱い自分を確認するのである。
本作は現時点でシアターキノで延長上映中である。

ishikawa

Text by
アート・メディアライター 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)

毎日の字間

毎日の字間 2017.5.22「石の意思(1)」

2017.05.22

石

毎日の字間は、日々の思考のコラム

最近、石をみつけて、写真を撮って、そして考えることをしている。
主人公が過去を思い出す孤独な瞬間。それは少し嘘っぽいと僕は思う。僕は自分だけでは過去を思い出すことが難しい。僕は過去を振り返るにはなにか媒体が必要だ。媒体=メディアがあって、自分は、はじめて過去を考えることができるの。ひとりでいる時に考えられるのは「今」か「先」のことだけ。過去は(積極的には)考えない。

石に意思はあるのか、
石に意思はあるのか?
つまり、石は過去への媒体(メディア)になることができるのか?
ということを最近、よく考える。
Ps.写真の石は通勤途中の道端で拾ったもの。岸壁の美しさ。バランスの良さを感じる。

▼メディア・プランナー 石川 伸一(NUMERO DEUX)
 

毎日の字間

毎日の字間 2017.5.14「自分はどこにいるか?考える方法」

2017.05.14

C_ux3fTUIAAP3AN

毎日の字間は、日々の思考のコラム

石に意思はあるのか。あると思う。自分が信じるなら。
そして、自分の場所を決めるのは自分なのだ。

最近、石について興味を持っている。石を見ていると、なにかがわかるような気がするのだ。だから、よく見つめている。まだいろいろわかるのは先のようだ。でも、永く付き合っていきたい。なぜ、石なのか、問われれば、自分の名字にひとつだから、と答えることもできるだろう。

さて、自分は今「どこに」いるのだろう、そんなことを思う。これは物理的な話ではなくて、もっと抽象的なこと。人生を旅に例えるなら、自分は今はどんな場所にいるのか。それは、山なのか川なのか。平原なのか、岩場なのか。自然の空間に例えてみる。これが、時間のある時にやってみると面白い。頭の中がぐるぐるとなる。

自分の話をするなら、今自分はちいさな平原にいるかと思う。先はぼんやりしていて、どの方向にもいける。だから、迷う。でも、どの方向でも先の景色は悪くない。それなら、まっすぐ進んでみようと思っている。あなたも考えてみたらどうだろう「今、人生の旅の中でどこにいるのか?」。そして、自分の中でちいさなことで、いい何かを加えてみたらどうだろう。

写真の石を見ながら、そんなことを考えた。
また、考えよう。

 

 

 

▼メディア・プランナー 石川 伸一(NUMERO DEUX)

123...10...»
COLUMN

CATEGORY

LATEST ENTRIES

ARCHIVES

website design by shie sato

SAPPORO ART & DESIGN MAGAZINE NUMERO DEUX 札幌 アート&デザインマガジン ニュメロデュー

copyright @ NUMERO DEUX allrights reserved.
top