美術展「Born in HOKKAIDO」大地に実る、人とアート
今年30周年を迎える北海道立近代美術館にて、北海道の美術の「現在」と「未来」を考える美術展が開催された。
企画・制作を行なった学芸員の浅川さんにインタビューを行なった。学芸員(キュレーター)という仕事に興味のある方にもためになる内容になっている。(2007.11.3)
Interview With Maki Asakawa
浅川真紀(北海道立近代美術館学芸員)
ー学芸員になるまでのプロフィールを簡単に教えてくれますか?
私は学芸員として美術館に勤めて16年になります。札幌出身で大学も札幌です。特に美術のある環境で育った訳ではなくて、家には美術全集があってパ
ラパラめくってみる程度でした。本格的に好きになったのは大学生になってからです。専攻は英文学だったのですが大学に通いながら美術館に行ったり、海外に
旅行しているうちに、美術のおもしろさを世の中に伝えていきたい、美術と人々の間をとりもつような仕事がしたいと思うようになり、大学卒業の翌年にあった
募集にて採用されました。
ー学芸員とはどんな仕事なのでしょう?
私の学芸員としての仕事は欧米のキュレーターのように完全に専門化している訳ではなくて、展覧会企画から雑務を含めて、あらゆることをしています。脚立を上って会場の電球替えもしてます(笑)。
学芸員の仕事の核となるのは、博物館学的にいうと3つあります。優れた美術作品を収集・保存して後世に残していくとともに調査・研究し、さらにそれらの美術作品を展示・教育というかたちで人々に還元していきます。
昨今、美術に対する意識はだいぶ変わってきているとは思いますが、みる人はみるし、みない人はみないという構図がまだあると思います。私の仕事は、
美術にふれる最初のキッカケづくりというか、美術の世界へのドアを開けてあげることだと思っています。ただし、ひとたび中に入ったら、あとはみる人自身が
それぞれに作品と対話し、関係を築いていくものだとも思っています。美術と人々の間に、よりいきいきとした対話が生まれることを願って、私たち学芸員は作
品をなんらかのテーマや切り口を設けて紹介していきます。そのテーマや切り口は、なるべくみる人の日常に近いほうがいい。入りやすくなりますから。入口は
広く入りやすいけれど、入ってみると奥が深い。そんなふうに美術の世界を提示していく…そういう仕事なんだろなぁ、と私は解釈しています。
真砂雅喜 出品作品
ただ、学芸員というのは人によって指向する方法というのはいろいろあると思います。私は研究肌というより、作品をどのようにみせていくかというほうに興味が強いタイプですが、研究はそのベースとなる、とっても大切なことです。
研究というのは机上で行うよりも、美術作品を直接みるのが基本です。それも、まずは自分のフレッシュな感性でみるというか、学芸員である以前に、人
として自分がどう感じるか、という視点を忘れちゃいけないと思っています。学問的に美術史という枠組みの中でみることはもちろん必要なことなんだけど、自
分自身が人間としてどう感じるのか、というのも大切にしないといけない。
美術展に足を運ばれるお客さんも美術史という枠組みとかにこだわりすぎちゃうと、その人自身の瑞々しいリアクションが閉じこめられてしまうことがあ
ります。といっても、感覚だけでみるのも偏りが生じるので、作品の背景や作家についての知識をある程度持ちながらバランス良く作品と向かい合うのが良いと
思います。
私は美術鑑賞において、みる人自身のもつ感性や創造性が、作品と向かい合うことを通していかにして引き出されていくか、というところに関心があるので、そのあたりに趣旨を置いた展覧会は企画してきたつもりです。
美術展の企画というのは、いろいろ大変な部分もありますが、自分の頭の中に組み上げたものが現実のものになって、お客さんが来てくれるのをみると無上の喜びを感じます。
美術作品といえばキチンと額に入った絵、という固定観念を持ってしまうと、現代美術は難解なものになってしまいます。美術というのは作家がみたもの
や感じたことを純粋に表現したいというところから始まっているのですから、いろいろなパターンがあってもいいと思います。そこは伝えていきたいですね。既
成の美術観から自由になることが、現代美術を楽しむ第一歩だと思います。
毛内やすはる 出品作品
ただ、作家のテクニックは大事だと思います。美術作品がモノである以上、コンセプトだけではいけない。コンセプトもテクニカルなことも、バランス良
くあってこそ、作品としてビジュアルが立ち上がってきます。人がつくっているという温度が感じられたり、素晴らしい技術だなぁとリスペクトできる気持ちが
みる側に生まれてくる作品って、力があると思います。
現代美術といっても一発芸的に思いつきだけでやるのではなくて、その人自身の技術的なトレーニングの積み重ねや思考の深まりがあって、そうした中で最終的生まれてきた作品であるべきだと考えます。みる側に働きかける力、本当
の強度を持っている作品というのは、背景につくり手の努力なり想いが詰まっていると思います。そういう観点で作品をセレクトしています。
ー今回の展示の内容(コンセプト)について教えていただけますか?
北海道立近代美術館が30周年ということで、自主企画展の枠がありまして、館全体の取り組みとして、北海道の美術をみつめる、捉え直す展覧会という
大命題がありました。結果、常設展では、北海道美術の歴史的代表作を、私の担当した特別展では現在の北海道美術と未来をになう子供たちの作品を展示するこ
とになりました。
この2つの展覧会を通して、北海道の美術を過去から現在、そして未来へという時間の流れの中でとりあげていく。具体的にいうと、館のコレクションの
中で北海道の美術というのは約3分の1を占めているのですけれど、それを活用しつつ、他館からお借りした作品も加えて、まずは北海道美術の過去から現在を
みせていく、これが常設展ですね。
一方特別展のほうでは、現在から未来を紹介していくことにしました。現在としては、16人の多様な現代作家の作品を展示しました。さらに、8つの小
中学校との連携授業から生まれた子供たちの作品を未来と位置づけることで、特別展にひとつの文脈ができたと思います。常設展と特別展を併せてみていただけ
ると、北海道美術の過去、現在、未来の流れを一望できることになります。
子供たちの作品については、ただ展示をするだけでは位置づけとして甘くなるので、出品作家のKinpro(新矢千里)さんとのワークショップを3つの小学校と行ない、その結果出来上がった作品を展示しました。今まさに活躍中の作家さんと、未来をになう子供たちの交流ということですね。作家さんにとっても子供たちと接することによって得るものがあると思います。
朝地信介 出品作品
加えて、館の北海道美術コレクションの中から明治の日本画家の掛け軸を先生と相談して選び、収蔵庫で子供たちにみせました。古い掛け軸、という宝物
気分も手伝って、子供たちは興味津々といった感じでみてくれました。そうして子供たちとその作品について対話する鑑賞授業を行いました。小学4年生が対象
だったのですけれど、子供たちはとても純粋な目でみてくれました。みせ方を考えれば、ちゃんと子供でも理解してくれます。その後の学校の授業では、子供た
ち自身が北海道をテーマにした掛け軸を作りました。それが今回展示されています。子供たちの作品を展示するというのは美術館ではイレギュラーなことなんで
すが、社会のニーズや、学校と美術館の緊密な連携を目指す機運も高まって実現できたことです。
美術館も学校と組むことによって、より多くの子供たちに足を運んでもらえます。美術の好きな親御さんが、子供を美術館に連れて来るのは当然ですが、
親御さんに関心がなければ、その子供は美術館に来られないかもしれない。そういう意味では学校というのはすごく機会均等というか、いろいろな家庭の子供が
美術館に行く機会をつくれるというのは最大のメリットだと思います。
展覧会場は16の作家を、「感覚の実り」「想像の実り」「対話の実り」というキーワードにもとづき、ざっくりとした空間に分けました。最後に「実りゆく未来」という位置づけで子供たちの作品を展示しています。
高橋喜代史 出品作品
ー美術展を企画するということについて,企画制作の流れを説明していただけますか?
まず、企画書をつくり館内で検討します。今回の企画については、先ほど話したようにベースとなる理念は30周年に何を提示すべきかということでした。それを具体的にどうかたちにしていくのか、というところから企画を立てました。準備がスタートしたのは1年ぐらい前です。
展覧会によっては、例えば外国から作品を借りるような企画の場合は、2~3年以上前から準備することになります。今回は国内でしたから1年前からの
準備になりました。作品が他の美術館やコレクターの所蔵の場合、出品交渉に時間がかかることがありますが、今回は作品がほとんど作家蔵でしたので、そのあ
たりは比較的スムーズでした。
今回の企画は、北海道に生まれ、育った方に出品していただいています。去年の年末には企画が固まってきて、後は作家のリサーチですよね。もちろん、
企画を立てる段階で、何人かは出品して欲しい作家さんのイメージはあります。その段階では具体的な交渉はまだできないですが、企画書が通り、依頼できるメ
ドが立ったら、実際にお会いして話を聞いてもらい、一方で新たな作家もリサーチしていくことになります。
今回、ナウな作家を紹介するということで、多様性が重要ではないかというのが館全体にあって。16人というのは多い方だと思います。通常グループ
展ってマックスでも10人くらいです。でも、今回はいろんなタイプの作品をみてもらいたい、という全体方針があったので16人となりました。
鈴木涼子 出品作品
正直、展示空間的にはキツイ部分はありました。大抵のグループ展の場合、ひとりの作家さんごとにパーテーションをつくるのですが、今回はひとつの空
間に2~3人の作家さんの作品を展示しています。ただ、同じ空間にいろいろな作品が同居することによってみえてくるものもあると思います。
作家さんのリサーチ、出品交渉を進めていって、開催の半年前くらいには出品する作家さんはほぼ決まっていました。交渉もあちこちに出張をして、いろ
いろな方にお話を聞いていただきました。道内もありますし、道外もありました。作家の方に納得して出品してもらうのが大切です。趣旨を説明して、出してい
ただける作品があるかどうかをお聞きして打ち合わせを進めていきます。その中で作品の内容も決まっていきます。それと同時平行で、設置の仕方を考えます。
常に図面とにらめっこです。作品は平面も立体もありますし、作家によって空間のニーズもさまざまです。それぞれに作品のヴォリュームや展示条件の聞き取り
調査をし、意向も聞きながら図面を示して展示場所を決めていきます。この人は真っ暗な空間でないと展示できない、とかいろいろな条件が出てくるので、その
つど図面を引き直しては最終形に近づけていくんです。
そして、広報も大事です。ポスター・チラシについては大体、開催日の1ヶ月前にはできているのが目安です。ほか、雑誌などのメディアに告知をお願い
する場合も、それぞれ締め切りがありますので、それらに気をつけて、プレスリリースなどを手づくりしつつ、広報印刷物の作成も進めていきます。
Kinpro(新矢千里)出品作品
広報印刷物のヴィジュアルはとっても大事だと思います。それをみて美術館に足を運んでもらえるようなキャッチーなものでないといけない。今回、デザ
インを考えたとき、16人の中からひとりの作品だけのせるのではイメージが十分に伝わらないし、かといって16人の作品をモザイク的にのせても、ちまちま
してよくないと思いました。そこで、展覧会そのもののイメージイラストでいこうと決めたんです。
出品作家のひとりであるKinproさんは、木や動物などの自然をモチーフとしたのびやかでヴィヴィッドなイラストを描かれています。その作風がこ
の展覧会全体の雰囲気にも合うと考え、イメージイラストをお願いしました。このビジュアル・イメージを説明すると、これは北海道の大地に根をはるアートの
木なんです。幹には先人たちのアートがあって、そこからのびた枝の先には、今を生きる作家たちのアートがさまざまな実りを結んでいる…そういうイメージを
新矢さんにお伝えしてイラストを描いてもらいました。イラストは洗練された中にも温もりやかわいらしさがあって、若い人からお年寄りまでアピールするもの
になったと思います。このKinproさんのイラストを生かしてロケットデザインの菊池さんが全体をデザインしてくれました。このお二人の組み合わせは絶妙だと思います。タイトルの絵文字っぽいのは菊池さんのアイディアで、イラストにもマッチしているしタイポグラフィとしても魅力的です。
その後は実際の空間づくりですね。これも計算機とにらめっこです。今回は展示のために仮設壁面を結構つくっています。会場は、まず四方の壁面があっ
て、そこにLパネルという既存の可動壁面を組み合わせてパーテーションをつくります。ただ、作品によっては空間を暗転させないといけないものがあって、既
存の壁だと高さが天井までないので不十分なんです。それを仮設壁面でつくるんですが、その値段が高い。暗転の空間をつくりつつ裏側では別の平面作品を設置
したりもするので強度も必要です。過去の展覧会で使ったものをうまく再利用して組み合わせてもいます。11月1日からの展覧会ですが、ほぼ1週間前には会
場の造作を済ませ、作品の展示にそなえました。
市内の小学校生が作家とのワークショップにて制作した作品。
壁に貼る作家紹介パネルもつくります。どんな内容を盛り込むかというのも重要です。今回はひとりひとりのプロフィールと、自作や北海道に対して寄せ
てもらったコメントを掲載しました。一方、お客さんに配布する出品リストには学芸員の書いた作品解説があってマップがあって、それをみながら展示をまわっ
てもらうとか、それぞれの役割を考えます。すべて予算も決まっていますから、その中で収まるように判断していくのも大切なことです。これら諸々の準備を、
今回は4人の学芸員の共同作業で行いました。
ー今回の企画をおこなってみた感想などを教えてください?
みえてきたものはいろいろあります。16人の作家の作風は一見バラバラのようにみえるのだけど、どこかその中に通底するものが浮かびあがってきたと
いうか。当初、何をキーワードに作家を選んでいくか、というのを考えて思ったのは「透明感」みたいなもの…北海道ってものすごく空気も澄んでるし、光とか
水とか透明なものに育まれた、鋭い、澄んだ感性があるのではないかと。例えば、目にみえない生命の営みであるとか気配であるとか、澄んだ感性があるから捉
えられるんじゃないかと思いました。また、都市化は進んだとはいえ身近なところにワイルドな自然が体感できるこの風土だからこそ生まれてくる、想像力の豊
かさというのもあるのではないかと思いました。
もうひとつは、他者や外界としなやかに対話していける力ですね。北海道って日本の中で最北で歴史も浅い土地ですが、さまざまな地域との交流もあって
開けたところで、その分しがらみもなくて、他を受け入れやすい風土ですよね。対話の力は、この土地の発展の原動力になってきたもので、それは今でも生きて
いると思うんです。
全部の作品をみてもらうと、従来のステレオタイプな北海道のイメージとは一味ちがった、「今」を生きる私たちにとってリアリティのある北海道らしさのようなものを感じてもらえる展示になったと思います。
ー最後に読者にむけて今回の展示の一言PRをおねがいします。
今回の企画は、北海道で生まれ育ち、同時代を生きる作家たちによるアートですから、きっと身近に感じてもらえるだろうし、共感できる部分がほかの展
覧会以上にあるのではないかと思います。この地に育まれた創造の実りであるアートをみんなで共有して欲しいという願いがあります。私の中では共感と共有と
いうのは大切にしたいですね。どの作品も瑞々しくてユニークですので、そういった作品と出会うことによって、みる人の日常生活にもきっとプラスになると思
います。ご来場を心からお待ちしております。
「Born in HOKKAIDO」大地に実る、人とアート
会期:2007年11月1日〜2008年1月24日
会場:北海道立近代美術館
開館時間:9:30〜17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし、11/5、12/24、1/14は開館)、12/25、12/29〜1/3、1/15
出品作家:青木美歌、朝地信介、池田光弘、貝澤珠美、Kinpro (新矢千里)、毛内やすはる、鈴木涼子、諏訪敦、高橋喜代史、端聡、野上裕之、伴翼、福井路可、真砂雅喜、松永かの、盛本学史
…取材を終えて…
学芸員というのは知的な作業でありながら、同時のとっても体力もいるお仕事だということが
浅川さんのお話でよくわかりました。美術展に行ってみてアーティストの作品を鑑賞すると同時に学芸員の作品を見せるためのさまざまな工夫や、コンセプトを
考えてみるのも美術の楽しみだと思います。
Interviewer & Phtograph by Shinichi Ishilawa(NUMERO DEUX)