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プリンの形のように、大学と社会は同じである。

2020.05.17

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プリンは、カラメルを支える
土台なのである。カラメルを目指して、スプーンを
いろいろな方向からやってくる。

時は強く。時にはやさしく。昼に夜に。
大切なのはプリンはうまいということ。

大学生になる。 大学は世間である。当然に中高もそう。
幼稚園も保育園もそう。生まれる前も母体の細胞の中でも社会といえる)

ちいさな世間でも、社会の縮図でもない。世間そのものなのだ。大学と地域を分けて考えるのは少し違う。なぜなら考えてみよう。

ここに今までの誤解があって、大学は生まれた時から、ずっと地域の一部分であるのにそうじゃない顔をしてきた。涼しい顔で「知らんぷり」をしてきたのではないだいろうか。

僕は室蘭工大の外部委員している。今回の会議で、僕はもっと大学の事務や研究について、地域のボランティアを活用してみてはどうだろうか、と提案させてもらった。それもスペシャルではなくて、日常的に。

僕が思うに、大学の経営はどんどん金銭的に厳しくなっていくとと思う。人件費がシビアになれば、採用数を減らすか、アウトソーシングが進んでいくと思う。そこまでいくなら、地域のボランティアで仕事をカバーしてみてはどうだろうと考える。

有償ボランティアという形でもいいかもしれない。ここでいうボランティアは、お客さんではない。業務に関わる以上、そこは通常の仕事と同じである。守秘義務も当然だ。

こういった形のマネジメントは、新しい試みでとっても難しいとは思う。でも、そこにトライができれば本当に大学は地域とつながることができると思うのだ。そして、大学は心強いサポートも受けることができる。

大学はピラミッドから、プリンになればいいと思う。
カラメルを支えるボランティアが必要なのだ。

Text by
石 川 伸 一 (NUMERO DEUX) メディア・プランナー
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歩く前に。目の前に何があるの?

2020.04.12

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自分の思考的に歩く方向を考える。
東西南北。地下に空。答えを出せるのは自分だけ。

今回は、どうやって答えを出すのか、ということを
書きましょうか。

PART 1
——————————

あくまで「仮定」の話ですが。
あくまで「過程」の話ですが。
あくまで「家庭」の話ですが。
発音だけでは、どれだかわかりません。

僕たちは、そういう世界に住んでいて
「そういう」と書く時点で曖昧な訳です
白黒ハッキリできればいいのですけど、
それに挑戦すると大抵うまくいかないか、勘違いか

なぜなら、仮定も過程も家庭も
現実と内心をぐるりとまわり続ける
台風なのです。台風だから、時々「目」に入る。
その真空地帯は、空気を読まなくてもすむので、

そこで、勝負をかける方法はありますが、
結果は蚊帳の外。

PART 2
——————————
夢もいいですが、
今自分に一番大事なことはなんでしょう?
目の前にあるものを見つめましょう。
これは結構難題で。

ねぜなら、
僕たちは、目の前のものに目をそむけるのが、
好きなのです。
手が届いてしまうから。

届くものより、
届かないほうが楽しい場合がある
結論を伸ばせるから
人生100年時代ですから

でも、一番大切なのは10年後よりも、
今週、今日、そして今なのです。

 

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Text by  石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
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毎日の字間

毎日の字間181019 「 忙しい時にはカフェに行く」

2018.10.19

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忙しい時は、
カフェに行く。

それは時間を止めるため。
(こっそりと教えよう)
実は、時間は止められない。

一時停止、
生活にはそれが必要だ。いや、しなければならない
したほうがいい、ではなく、しなければならない
なぜなら、僕たちはバスに乗っているからだ
行き先がはっきりしないバスに
ところが、日々、自分の運転する車に乗っていると
思っている。でも、それは白昼夢。

ぼんやりとバスの座席に座っているだけなのだ。
窓から見えるどこかの空。 垂れる水滴

自分のバスはどこにいるのか? 運転席の路線図を見る
または、どこかでバスを乗り換える それを時々、必ずしなければならない

そのためには、カフェに行くこと それは最良のくらしの一時停止
バスを降りたところにある素敵なカフェ

僕は、そのお店でカウンターでコーヒーを注文して、素朴で趣味のいい木製の席に座る。
運ばれるおいしい珈琲。それを飲んだ時、

自分は自分になる。
仕事でもなく、義務でもない時間
そこで、自分のしたいことと、するべきこと考えて
メモをする

僕は多分、ずっとバスに乗り続ける。
自分の車を運転することはないだろう。

でも、時々、カフェのために
下車できれば
十分なのだ。

 

ishikawa Text by  アート/メディア  リサーチャー 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)

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