時間をみやすく黒く塗れ
墨は過去も今も未来も語れる
時間の本当に大切な時とは
締め切りに追われていないとき
なぜなら自由があるから
常に過去と現在と未来と進んでいるのに
人生の時間を考えることの恐るべき少なさ
日常は永遠ではない
しってるけど、しらないこと
小学生の時、書道教室に通っていた。理由は僕の字が少しでもうまくなれば、という気持。ちなみそれは今でも継続中。
字の上達を考えていくと、行った書道教室は選択間違いだったかもしれない。ほかの書道教室を知らないので比較はできないが、僕の行った教室は各自が自由に書いて、その自由さが評価されるところだった。
模範見本は無く思うがままに書いたほうが褒められた。でも、子供心でも一般的に要求される、うまい文字とは違うなとは感じていた。だから、褒められる条件もよくわからなかったが、今思い返せば、自分のリズムで最後まで描け、ということだったと思う。書けではなく描け。
はずれても、飛び出してもいいから、最初を大事にしろ、ということだったのか。本当のところはわからないけどね。わかるのは字は特にうまくはならなかったこと。
でも、教室を変えるのも面倒なのでそのままでいた。先生もユニークで好きだったしね。そのほか、いろいろおもしろいことがあった。長くなるのでここでは書かないけど。
字はまったくうまくならなかったが、書道って結構自由なんだなという経験を持てたのは良かった。あと、先生も自由な人だった。思い返せば、「自由でいい」というとっても大切なことを学べた気がする。
「書」の黒って、凄くいいと思う。なぜなら、過去・現在・未来のどこにでも存在できるから。書は1000年まえも筆で黒だし、今もそうだし1000年後も変わらないと思う。そして、圧倒的な歴史のある表現であり、今も一般的な書道教室も健在だ。
書道を知らない人は少ないだろう。もちろん、凄く知っているとは限らないわけだが、存在と表現方法だけでも知られているだけでも十分だ。アートでは予備知識は大事なものだから。
でも、キラキラ過剰でないところがとってもいいよね。
控えめに光るヤツ。
守屋 杏の本作は書道という誰もが知っている表現を、みんなが通る駅の構内に展示するというのがいい。駅は過去・現在・未来の場所だ。
まぁ、場所はどこでもその3つを語れるわけだけど、駅はそこからどこかに行ったり、到着したり、見送ったり、迎えたり、というポイントがあるのが、他の場所より象徴的だ。
そこに出現した、立体となって「書」。そう本作は立体なのだ。つまり3次元。だからリアル。だから、僕は自分自身のこととして受け止めることができる。
黒く浮かんで見える現代のモノリス。この作品の前を歩くの楽しい。時間のことを考えることができるから。
JR TOWER ARTBOX
守屋 杏 / 刻・積~刻まれ積もりゆくもの~
2020年6月1日(月)~2020年8月31日(月)
JRタワー1階東コンコース(JR札幌駅直結)
Text by メディア・プランナー 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
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