「アルゴ」(封切作品)
あらすじ:実話をもとにした作品。1979年イランにて米大使館が過激派に占拠される。かろうじて脱出した大使館スタッフ6人は、潜伏するが命を狙われる状態。彼らを出国させるためにCIAは架空の映画をでっちあげて大使館スタッフを映画スタッフとして出国させる奇想天外な計画を実行する。
▼ 映像ではなく、行間からにじむ躍動感。
「ロケハン」という用語がある。意味は映画の撮影等のための下見や調査のこと。
本作の宣伝文句で「映画をでっちあげての救出作戦」というふうの説明がピンとこなかったのだけど、実際には架空の映画の「ロケハン」をでっちあげるというものです。つまり、出国する時空港で米国大使館スタッフとわかると過激派に拉致されしまう。そのため職業の偽装が必要になった。でも、当時のイランは外国人がいること自体が非常に限られたことで、職業を偽装するのは難しかった。
そこCIAが考えたのが「アルゴ」というSF映画のでっちあげ。その撮影に必要な砂漠等の特殊な環境をロケハンにきた「カナダ人映画スタッフ」という偽装。つまり本作戦は、空港から無事飛行機に乗り込むための身分偽装だけで、じっさいに映画作ったりする訳ではない。作戦自体は地味でシンプル。でも、作戦にリアリティを出すためにハリウッドに事務所を作って記者会見もして映画専門誌に記事をかかせる、という偽装ぶりはなかなかすごい。
映画全体は派手なアクションがある訳はないので、地味な印象。だが、冒頭のドキュメンタリータッチの映像や当時の雰囲気を再現するためにファッションやセットに気をつかっている部分はとてもいい。ここで少しでも2013年の今を思わせるモノが見えたりすると、一気に興ざめ。30年前は、決して短い年月ではない。
話もテンポもよく進む。さりげない会話の内容が後の重要なシーンの伏線になっていることも多く、よく考えられたシナリオになっているなぁ、と感心する。
人質の6人は、それほどキャラを立てないことで、逆にCAIのベン・アフレック、その上司、人質をかくまうカナダ人大使、そして、ハリウッドの2人の作戦行動にファーカスされていて緊張感が維持されていく。この割り切りかたもうまい。ふつうなら人質6人の心情というのもっと表現するのが考えられるけど、それ自体は作戦の正否には直接関係ないし、作戦実行のタイムラインが悪くなると考えて、バッサリ切ったのかと思う。同時にイランの動きも特に大きなドラマを用意しないので、とにかく観客はベン・アフレックの作戦行動に感情移入する形になっていて、わかりやすく映画に集中できる。
実話をベースとはいえ、いかにも映画的なハラハラ、ドキドキな部分はフィクションだと思う。よくある感、ありがち感がよい意味で機能しており、マイナスイメージにつながらない。それは細部までこだわって作っているからだと思う。また、シリアスな内容の中にユーモアもちりばめていて、これもパターンながら素敵に反映されている。
ラストがわかっている作品をダレさせないために、基本的な工夫を積み重ねた作品であり、同時に幅広い客層に受け入れられるつくりになっていると思う。
現に僕が劇場で観た時、年配の夫婦のような方々もきていた。たしかに自分の両親が観ても楽しめる作品だなと感じた。
アート的な感覚で作った作品も好きだが、「アルゴ」のような地味ながら、定石を積み重ねた作品もいい。加えて映画館で観て良かったなと思った。もちろん、DVDでも十分楽しめる作品だと思うけど、派手なシーンがないゆえに大画面で観たい映画。作品はシンプルでダイナミック。そこが監督ベン・アフレックの手腕なのですかね。こういった映画がもっと作られることが映画館に足を運ぶ人は増えるような気がした。ラストで驚かせるばかりが映画ではないし、非現実な特殊効果がなくても魅力的な映像が作れるのが再認識。
ほめてばっかりなんで短所と考える(考えれる)ところも書きましょうか。まぁ、まず作品自体、地味であるし、史実ベースなんでラストもわかっている。では、忠実なドキメンタリーかといえば、明らかな映画的な脚色もかなりある。本作を純然たるフィクションと考えると、ヒネりがないなぁ、と思うので「実話ベース」というのも本作に極めて重要な要素、というか不可欠要素になっていると感じる。そうなると、とってもあやういバランスで成功している作品であり、アカデミー受賞とはいえ、監督ベン・アフレックの手腕を計るには、まだ足りないと考えるところだろう。
Text by 石川 伸一(NUMERO DEUX)