WEB MDEIA NUMERO DEUX NEWS No.15021
札幌のアートやカルチャーに関するニュース
「世の中はきっと奇跡で、できている」
今日は札幌在住の小説家のレビューを書いてみます。
雨の日は嫌いじゃない。空からふる水。地上では水道をひねらないと出てこないのに、それが空からくる。原理はわかった今でも不思議に感じる。そして、僕は雨男。外出しようとすると本当によく降る。取材にて、自然光での撮影日前日は本当に天気に気をつかう。つかっても、しょうがないのだけど。でも、ちょうどいいタイミングで晴れ間が出た経験も多い。それは奇跡だと思う。
「僕は奇跡しか起こせない」は、北海道生まれで、現在は札幌に住む新人作家 田丸 久深(たまる・くみ)の長編デビュー作。宝島社の第10回日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞・最優秀賞受賞作品。本年7月4日より発売。書店や書籍販売サイトでも入手できる。
あらすじはこうだ。主人公は25歳の女性。臨時採用の養護教員。まじめで常識的な性格。さまざまな職場の問題に取り組みながら、正規教員試験合格を目指している。幼なじみの真広は10歳で亡くなった。しかし、彼は世の中に対してちいさな奇跡をおこす存在「キセキ」となった。真広は主人公だけに見えていて、雨の日だけに現れる。主人公の仕事における問題、真広の起こす奇跡の2つの事柄が、混ざり合いながら、ひとりの女性の夏が語られる。表紙のデザインも気に入っている。物語と表紙が合っている。だから、表紙が好きなら、中身もきっと好きになれると思う。
物語が進むステージも、学校、夏、お祭り、花火、雨、行きつけのカフェ、と読者の誰もが共感しやすい風景に加えて、落ち着きのある、読みやすい文体を重ねていって、ラストにきれいに終結している。真広の存在はファンタジーであるが、主人公の生真面目さ、真広の出番の抑制によって、全体がふわふわした非現実におおわれず、地に足のついた物語に仕上がっている。
その点は、あらすじだけを知って、キセキという設定に先入観で苦手意識を持たないで欲しい。それは本作の魅力のすべてではない。もちろん、キセキの設定は単なるお飾りではなく、話の最重要な点なのだけど、ラストまで前に出過ぎず背後に流れている感じがいい効果を生んでいる。
登場人物も、少なくはないが、描き分けがされていて混乱することはない。各人の描写は人物によっては簡潔だが、しっかり印象に残る。これらの人物達が作中のドラマを厚くしている。そして、わるい人がいない。僕はわるい人がいない作品に興味がある。悪者がいないほうが物語を作るのは難しいと思うから。
会話ではじまり、会話でラストに収束していくのは僕の好きなスタイルのひとつ。映画的だともいえるかもしれない。
主人公に共感できる。25歳の社会人というのは、自分の過去を重ねて考えると、年齢的には間違いなく大人なのだけど、社会の一員として心細かったし、迷いもあった。それでも、社会に対しては一生懸命、大人として振る舞っていた。そして、なんとか大人として取り扱われた。そんな自分を思い出したのは、本作の主人公のリアルさだと思う。主人公は、あくま普通で常識的で、破天荒でもない。ファンタジーな設定も過剰に主人公を守らない。そこが僕は気に入っている。
僕個人の感想だけど本作は「キセキ」というファンタジーな物語というよりも、ひとりの一生懸命に働く女性のひと夏の話と捉えたい。ファンタジーな設定は本作の特長のひとつではあるし、物語の根幹でもあるのだけど、そこにすべての魅力が集まっている訳ではない。主人公をとりまく出来事。生徒のこと、同僚のこと、そして真広のこと。それを、その時の自分の精一杯で真面目にむかっていく。普通で、そして最後まで普通な主人公が「僕は奇跡しか起こせない」の一番好きな点である。
まとめると、本作はファンタジーの存在が、ラストしっかりつながっているので、その謎解きを楽しむこともできるし、リアリティのある25歳の働く女性の心情と仕事をとりまく問題を、共感を持って楽しむこともできる。2つの視点で楽しめる良質のエンターティメント小説だと思う。
Text by メディア・プランナー 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
『僕は奇跡しか起こせない』(宝島社文庫)
著者:田丸久深
価格:本体600円+税
2015年7月4日より発売。書店および、ネットで購入可能