メディアづくり・まちづくり・ひとづくり
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まちづくりのソネット
世界はどこにあるのか / 自分の世界と他人の世界 / 自分と他人の世界 / いくつかの世界を旅人のように あちこちいってみたい
まちはどこにあるのか? / それはあなたの家のドアを開けたところから / そして、あなたの心の中まで / まちは心をつなぐ
苫小牧市 / 盆景の展示会へ行ってみる / そこには楽しむ人の笑顔があった
盆景はポップであり、隙がある / クリエイティヴには隙が必要 / だから、まちづくりにはポップが必要。
「盆栽」は知っていても「盆景」は聞いたことはない、という人は多いかもしれないね。盆景とは、お盆の中に、土、砂、植物、石などを組み合わせて自然の光景をつくりだすことである。
僕の印象だけど、盆景は盆栽より、ポップな印象がある。盆景は手作りであり。盆栽もそう感じさせるが、実は違う。
盆栽の中にあるのは歴史という名の「プラン」であり、盆栽家はプランを実行する。緻密な都市計画。それは、小品盆栽のほうがもっと明確にわかる。なぜなら、展示の小品の盆栽は展示で複数組み合わせる。そこに「流れ」「受け」「勝手」といった、ルールはデザイン的美意識がある。
しかし「盆景」には直接的なデザイン・ルールはない。では、どう考えるのだろう、と思って、会場に居た盆景作家の方と話をすると川を作ったり、というルールはあるものの「盆景は楽しいのが一番だと思っている」と言葉をいただいた。
僕は盆栽のもっている、綿密な都市計画のようなイメージを愛する。基本、僕は「まちづくり」には専門家によるプランというのは大事だと思っている。
しかし、すべてを専門家の手に委ねることはできない。なぜなら、まちに住む僕たちは「まちに住む専門家」ではないから。
専門家の都市計画は、そこに実際住む人の「内面」までは、入ってこないし、これるものではない。最終的にまちをつくる人の「気持ち」の問題だからだ。
盆景とは「気持ち」が魅力の表現だと思う。
僕はこれから、まちづくりを考える時、
盆景 の自由さと優しさを思い出そうと思った。
Text by 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
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