映画コラム
「ワールド・ウォーZ」(封切作品)
昔のゾンビ(リビング・デッド)は走らなかった。
最近は走るようだ。ゾンビも忙しいのだろうか。
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元祖:ロメロ作品のゾンビの話。
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ジョージ・A・ロメロ作品(代表作:"Dawn of the Dead")のゾンビは走らなかった。僕は思うにロメロのゾンビは「病原菌」が実体化したイメージだと思う。そして、ストーリーは「人間対ゾンビ」ではなく、「人間対人間対ゾンビ」という構造がある。
ゾンビに人間たちは一枚岩になって立ち向かう訳ではない。善良な人間もいるし、利己的な人間もいる。人間はゾンビよりも、人間同士の争いによって自滅していくのではないか、というのがロメロのテーマであり、描きたいところだと思う。
ゾンビ単体は決して強い存在ではない。動きはスローだし、単純な柵も突破できないし、水も渡ることができない。しかし、頭を破壊しない限り不死身であるのと、噛まれた人間をソンビにする、という実に実に消極的な特徴が人間を追いつめていく。ロメロのシナリオの中心はゾンビとの「戦争」ではない、「状況」であり、そして「人間たち」である。
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本作:ブラッド・ピットの「ワールド・ウォーZ」
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本作のプロデューサーは主演のブラッド・ピット。そして、本作でソンビは走る。走る。走る。「走る」ことによって、もはやロメロのゾンビのような「静かに忍び寄る病原体」ではなく、「無差別殺人鬼」。消極的な存在から積極的な存在へのシフト、これは映画全体の性質を変えてしまっている。ゾンビはもう、明確な絶対悪であり無敵。凄まじいスピードで人類を抹殺していく。立ち向かう唯一のヒーロー、ブラッド・ピット。彼に活動的なヒロインはいらない。自分の帰りを待つ妻(子)がいればいい。
この作品は「ブラッド・ピット対世界中のゾンビ」という意味の「(ブラピの)世界戦争」なのだ。彼はほかの主演作品よりずっと「控えめふうなキャラクター」を全力で演じていく。映画カメラは彼から離れることはない。なぜなら本作では彼以外をカメラに捉える配役はいないから。チョイ役+アルファ的な配役ばかりだ。観客はブラピだけを観ていれば他の役を全部忘れても不都合はない。
無敵とも思えるゾンビの攻撃をかわしながら世界中を動き(移動は飛行機)ゾンビと戦うブラッド・ピット。彼はゾンビ最大の天敵。そんな彼一番の目的は自分の家族を守るため!という朝ごはんもつくるブラッド・ピットの大活躍を楽しめる映画だと思う。
最後にわかりやすい3行感想。
リビングデッド映画の定石を押さて、迫力ゾンビの暴れシーン。単純なストーリーを飽きさせない舞台の変化と微妙に予測を外す展開。オチもある。ブラッド・ピットが嫌いでなければ、誰と観ても気まずくならない娯楽作品だと思うぞ。
Text by Shinichi Ishikawa (NUMERO DEUX)