残した後は?そこは「おいおい」ではダメではないか。
やる人が特定された「やることリスト」が必要。
円形校舎を見たことがあるだろうか?
僕は江別の小学校で見たことがある。文字通り校舎が丸いのである。
はじめて見た時は感動した。
みたことのない方は、一度ネットで円形校舎で検索していただきい。
なんとも、レトロ・フューチャーというか、クラシックでとてもいいデザインだと思う。
ありきたりの長方形の学校育ちの僕にはうらやましい。
室蘭には廃校になった円形校舎である旧絵鞆小学校がある。現在、それの今後のあり方が議論されている。取り壊すか、活用の道を探るのか。
それ関連イベントとして柴田尚教授の講演会が室蘭市内でおこなわれた。柴田教授は北海道教育大学 芸術・スポーツ文化学科教授であり、NPO法人S-AIR代表としてアーティスト・レジデンス活動を長年おこなっている。また、平成23年~26年度まで全国の廃校・旧校舎の芸術文化活用調査を実施した。その経験をふまえた講演がおこなわれた。
柴田教授は、全国の廃校利用のアートプロジェクトの紹介を通して、さまざまな「可能性」の話をしてくれたと僕は感じている。そして、その「可能性」をどうするかは、この地に住むわたしたち次第ではないかなと思う。魅力的な円形校舎を壊すより、残すがいい、という意見はわかりやすいし、通りもいい。では、残すとして「どう使うのか」というのは一番の問題となる。
それは実は「魂」の問題なのだ。残したとしよう。そこが市民会館のようなイベント貸しスペースになるとかだと、それは「魂」なき存在ではいのか。市民会館なら、いい。もともと、そういうものなのだから。でも、壊すものを残した時にそこがなんとなくの「貸しスペース」になるというのは、単なる延命措置になってしまう。
残してどうするのか? そこは「おいおい」ではダメではないか。
特定された市民の役割分担がだと思う。
「誰が」「いつ」「なにを」やるという「やることリスト」が必要なのだ。
そして、この校舎の活用には文化的観光業にシフトするための室蘭の未来への
カギがあるのだと思う。僕は行政主導よりも市民(民間)主導で維持・活用できれば
一番いいと思う。市民がお金をふくめてダイレクトに校舎を維持に参加することを集うのだ。
できれば「魂」が産まれる。
柴田さんのお話しの中で僕が一番印象に残ったのは、
「僕はどうも予算がないアートの企画を頼まれることが多くてね…」
というのだった。結果的に柴田さんはそんな企画をカタチにする。
だから、また頼まれる。この魂を学ぶのが一番大事だと思う。
旧絵鞆小学校の活用を考える講演・WS
柴田尚 講演 廃校活用とアートプロジェクト
期間:2018年3月17日(土)
会場:祝津町会館 2階ホール
主催:旧絵鞆小学校活用プロジェクト
Text by メディアリサーチャー石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)