平成28年度室蘭工業大学市民懇談会 (3)
本委員となった僕が会議に出席して自分の考えたことを書いてみます。
本記事は全3回の3つめの記事になります。
前の記事はこちらです。
ちいさな実験、ちいさなメディア
さて、本市民懇談会「地方大学における学生教育」というテーマで、本記事でも2回にわけて、本懇談会の中で講演のあった大学や学生の取り組みについて書いていった。今回の3回目では、僕自身のアイディアとして、大学より求められたことを書いてみようと思う。
僕は事前提出を求められた意見書の中で「地方大学における学生教育」のために「小さな実験、小さなメディアを考える」ということを書いた。それはもっと具体的に書くと、以下な感じになる。僕は地域と大学はもっと結びつくべきだと考えている。そのつながりは、学生教育にも役立つことは、今回の懇談会で講演のあった大学や学生の取り組みでも明らかだ。それに、室蘭という工業都市にある会社と室蘭工大は研究や就職先として「つながり」を持てるといい。
でも「つながり」はいきなりは作れない。そのために、僕はいくつかの小さな実験(取り組み)をしてみては、と思う。それはメディアづくりがいい。なぜなら、メディアには「つながり」をつくる機能があるからだ。そのメディアは小さく、試みるのがいい。どうして?それは「大きな実験」は、大きなエネルギーをつかう。それで疲弊する。そして、大きな実験が実施できるのは、その大きな実験が「どこかでの成功例」ということが多い。しかし「どこかの成功例」が「ここ(室蘭)での成功」になるとは限らない。たとえ、まぐれで成功しても基礎的な部分でわからないままの借り物の成功は、継続性は期待できないし、結局地元で「浮いた」ものになってしまうのではないか。または疲弊し続けるか。
だから「小さいメディア」の実験をおこなうのだ。では、どんなメディアがいいか? そこも慌ててはいけない。今は大変メディアづくりが簡単になっている時代。インターネットの無料のブログやSNSを利用すればコストも安い。動画配信だって可能だ。また、まだまだ根強い効果のある紙メディアも、一昔前に比べれば安く作れる時代になっている。でも、メディアづくりはこうした媒体の種類を考える前にメディアを通して「何をやるべきか?」ということを考える必要がある。つまり、メディアを通してどういうことを実現したいのか。
「どんなメディアをつくるべきか?」そこをきめ細かく、地方の実情に合わせて議論を重ねていくことが大切だと思う。もちろん、議論だけではいけない。実践なき議論は虚しいだけである。しかし、議論なき実践も、かなり虚しいし、疲弊でもある。そう書きつつも、実は僕はどちらといえば実践をすぐやりたいタイプである。その理由としては、議論だけではわからない部分が必ずあるからである。
メディアは生き物なのである。つくった人間の思い通りになるものではないのだ。良い意味で、意図しないものとして変化する場合がある。その場合は、その良い部分を伸ばすように変えていけばいい。この柔軟性が大事。だから、メディアづくりはガチガチに決めてやってもいけない。ただ、議論は大切なのだ。
だから、議論をして方向性が決まれば小さなコストでやってみる。大きな予算を引っ張ってくることはないのだ。大きな予算は魅力的だが、企画の柔軟性を奪ってしまう可能性がある。それなら、おこづかい程度の手弁当でちいさく実践するほうがいい。そして、今ちいさなコストでメディアが作れるのだ。
だから、同時平行でいくつかの「ちいさな実験」をおこなえばいい。その中で、良いものを残して育てていけばいいのだ。こうしたやり方は大きな予算のプロジェクトでは難しいことだ。大きな企画は、どこかで落としどころを作らないといけない。しかし、そうして無難にまとめることが、あまり意味のないこともある。それなら、小さく流動的に進めるのがいい。ただ、こうした落としどころが見えにくい実験を続けるのは実に根気と精神力を使う。
でも、逆にいえば根気と精神力があれば、今は低コストでメディアを作っていくことができるのだ。そして、メディアは「ブランド」になり得る。効果的なメディアには人をつなげる力が発生する。ひとがつながれば、なにかが生まれるのである。どんなメディアがあればいいだろう? その発想の仕方は実はシンプルだ。「室蘭で室蘭工大は何を実現したいのか」?そんな逆算から、メディアを考えていけばいいと思う。 そして、小さく試行錯誤でやっていくのだ。議論を重ねて。
Text by
アート・メディアライター 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)