WEB MDEIA NUMERO DEUX NEWS No.15020
札幌のアートやカルチャーに関するニュース
(樹)木の持っている、時間の流れ。
僕は時々、木にふれる。
「木」は都市の中にも道路沿いあったりするので、意識しにくい。僕が意識するのは週末にウォーキングしている時。そこで木に手を触れてみる。そこに感じるかすかなぬくもり、表面の美しい細かいグラデーションになんとも癒される。そして、この木はいつからここにあったのだろう。時間の流れの中で、どうあったのか、というのをほんの時々考える。
岡部昌生は北海道を拠点に国内外で活動をしている現代美術家。建物の壁面や路上に紙をあて、その凹凸を鉛筆で擦りとるフロッタージュという手法による作品を制作している。戦後70年の節目として企画された最新の作品制作プロジェクトでは広島市内の被爆した樹木の表皮を写した作品の展示を8月から全国6都市で開催。現在、札幌のギャラリーで展示が開催されている。
会場であるCAI02は、地下鉄大通駅から西方向に直結しているビルの地下にある現代美術ギャラリーである。カフェも併設されていて、独立した展示室が2つある。23時までオープンしているのは市内のギャラリーでは長く、平日でもいきやすい場所である。
僕はあまりアートの表現を社会と直接むすびつけては考えないほうである。基本、アートとは個人的なものであり個人にむけて作られると思っている。その反面、アートの社会的な意義や影響力というのも信じてはいる。ただ、社会のためのアートと正面きって考えるのは苦手なのだ。アートが個人に影響をあたえて、その影響された個人が社会に対応するというプロセスが大事だと思っている。結局、社会を構成しているのは個人。個人が社会を作らなければならない。あんまり社会が個人を作りすぎてはいけないと思う。
本展示の作品を見ていると、木=樹木というのは、ひとつの植物にすぎない、と僕は考える。ただ、人間はそれに対して、ある種の思い入れや、役割、気持ちを考えることができる。ただ、そうなるためにには、なにか手を入れる必要があって、今回のフロッタージュという技法によって、木の現実感から、「広島」という場所にあったことについて、僕たちは考えたり、感じたりすることができる。絵画ではなく、フロッタージュの持つ、現実感の「写し」がとても本作を際立つ作品にしていると感じた。
木は品種によっては千年以上の寿命のあるものがあるという。木のまわりに起きた出来事について、僕たちは木という存在を感じたり、考えたりして社会を生きていきたい。そのためにはアートという手法が必要なのだ。
Text by メディア・プランナー 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
岡部昌生「被爆樹に触れて」札幌展
会期 :2015年10月24日〜11月21日/13:00~23:00
休館: 日・祝/ただし11月13日休廊
会場 :CAI02 (大通西5 昭和ビルB2)
企画:CAI現代芸術研究所
協力:小室治夫