三角コーンを目にするたびに、
僕は現実がぐるりとまわる。
僕は普段の日常がふとすべてが「嘘」なんじゃないかと思うことがある。そんなマイナスな妄想を現実をぐるりとまわしてに引き戻すモノがいくつかある。そのひとつが「ロードコーン」。知っているだろうか?別名三角コーンという名で知られている。現物を見れば、みんな思い当たるよ。どうしてもわからなければ本記事写真の左に写っているものモノである。道路や駐車場や工事現場で、区分け等に使われる立体的な標識といえる。見知らぬ土地でも、これを見ると「ああ、夢じゃない」と僕は思う。
三角コーンは可愛らしい。標識というと平面が普通だが「彼」は立体。彼は外の世界のいろいろな場所に存在し、パブリックな空間なら大体の場所が似合う。僕はなぜ彼に支配されるのか?それは彼が「意思」を持っているからだろ思う。彼のいる場所には理由がある。その理由によって僕の行動は多くの場合制限される。
例えば「僕はそこに行きたいのに」彼は「それはやめろ」と存在で注意する。時には、ポールのように結ばれた複数に「彼ら」によって僕の自由は激しく制限される。多分、無力に近い彼らには反抗はできるのだけど心理的抵抗があったできない(または人間である「彼」のボスの存在が怖い)。ただ、見知らぬ土地の見知らぬお店に駐車場にある三角コーンはなんとも僕に安心感を与えてくれる。また、工事現場跡や、工場のような場所で役目を終えた彼の姿は哀愁を感じる。仕事と失われた仕事。考えさせる。
Kit_Aは1966年北海道生まれ、札幌在住。北海道教育大学大学院教育学研究科修了。道端のロードコーン(三角コーン)の写真を撮り続ける、それをテーマにした作品を多く制作している。本展示でも大量の三角コーンの写真や、それをモチーフにした作品がディスプレイされている。僕は本展示を通じて三角コーンのことを思い出す。逆に本展示がなければ三角コーンのことはいつまでも無意識のままだろう。
アートには「思い出させる」という役割があると思う。それはとても重要な役割である。なぜなら、僕達は日々の生活の中で目の前の「するべきこと」ばかりに追い立てられる。その状況の中では「それをやるか」「(半分絶望的な)現実逃避」の2択しかない。そこにアートは人生の調和と多様性を教えてくれる。Kit_A の三角コーンの作品もまさにそうだ。人生の余白を教えてくれる。
Text by メディアリサーチャー石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
「500m美術館 vol25 第6回500m美術館賞 T Kit_A」
会期:会期 : 2017年1月27日(土)〜2018年3月28日(水)
会場:500m美術館(地下鉄大通駅と地下鉄東西線バスセンター前駅間の地下コンコース内)
http://500m.jp/