ARCHIVES / ARTICLE

NEWS

NEWS No.17033「小林俊哉個展『何も語らざるものたち。-雑草-』」

2017.07.22

小林俊哉個展「何も語らざるものたち。-雑草-」

欲しいものがある。それは観光で有名な場所でなくてもいい。自分の住んでいるまわりに「自然」が欲しい。公園でなければ、外から見える他人のお庭や、植木鉢でもいかまわない。なぜなら、自然が目に入ると精神が安定する。僕にとってはそれは「癒やし」という言葉では説明できない。「関係性」というほうがしっくりする。僕は自然とコミニュケーションをとりたい。「会いたい」のだ。そして、僕が自然の中で一番好きなのは雑草なのである。今回の原稿テーマにあわせた訳じゃない。僕は地味な植物が好きなのだ。その基準でいくと雑草はベストになる。

雑草は時に人を驚かせる。例えば、アスファルトの舗道をやぶって生えている雑草。たくましく太陽にむかっている姿。やや大げさだけど感銘すら受ける。雑草はどこにでも存在する。僕は雑草とは個であり同時にランドスケープな存在であることが好きだ。その点を説明すると、雑草はまず個として存在している。同時に、さまざまな風景(ランドスケープ)の一部としてもある。家の庭の風景の一部としてあったり、先に書いたアスファルトに生えた雑草のように、意図されずある場合もある。雑草の良さは、どんな場面でも似合うこと。自然の中はもちろん、非自然(例:アスファルト)にも適応する。まるで、人間のようでないか。「雑草のように生きる」とはよく言ったものだ。このフレーズは「たくましさ」の例えにされるけど、それは多様性や適応能力も意味するのものだと思う。

小林俊哉は1959年北海道生まれ。1983年から作家活動をはじめる。現在は東京・ドイツ・スイスを中心に活躍。作風は、植物をモチーフにした平面作品。ほか、草花の写真を使用したインスタレーション作品も発表している。その活動はギャラリー展示だけではない。2007年にはハンブルグ動物公園駅構内に縦2.4m長さ14mの作品を設置。2011年は足利日本赤十字病院、2012年パレスホテル東京、札幌天使病院等でアートプロジェクトをおこなっている。

本展示では、タイトルにあるとおり「雑草」をテーマとした絵画、写真、そして乾燥させた植物に着色した立体作品を展示している。その展示方法は、一般的な美術展示とは異なる。平面作品はさまざまな大きさ・形があり、それに立体作品を加えて空間の中に自由な雰囲気に配置されている。この作品レイアウトがまさに「雑草」らしくて素敵だ。どこにでもありうる存在感。展示の空間はどこまでも自然にように構成されている。

「雑草にように生きる」。それ意気込みや、特定の場合に例えられる訳ではない。人間とは雑草そのものなのだ。自分を雑草だと考えることは、案外人生を、生きやすいものにしてくれる。そう考えていきたい。

ishikawa
Text by アート・メディアライタ 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)

「小林俊哉個展『何も語らざるものたち。-雑草-』」
会期:2017年7月1日(土)~30日(日) 11:00~19:00 休廊:月・火曜会場:クラークギャラリー+SHIFT(南3東2  MUSEUM 2階)
(同時開催)小林俊哉個展「明けない夜」
会期:2017年7月7日(金)~23日(日)11:00~18:00
会場:ギャラリー門馬
住所:札幌市中央区旭ヶ丘2丁目3-38

http://www.g-monma.com

NEWS

NEWS No.17032「鈴木隆 cello 500m 美術館vol.22「北の脈々 -North Line2-」」

2017.07.17

鈴木孝2

つつむ、つつまれる。なにかを渡す時、そのなにかを包む。そんな決まりごとが体に馴染んできたのはいつだろうか。贈り物を包装紙でつつむ。コンビニエンスストアでなにかを買えば、ちいさな袋から、大きな袋までさまざまなサイズで商品がつつまれる。例外は「シールでいいですか?」。ここで、ふと大量のシールで隙間なく包まれた商品を妄想する…

現実に戻ろう。包む一例として印象的なのはセロファンのキャンディーの包だ。中身をしっかりとした密着した包装で、両側をねじって包まれている。食べる時は、両側のねじれをほぐすと簡単に取り出すことができる。おいしい中身を口に入れたら、残るのはしわしわになった包み紙。それには独自の存在感がある。しかし、再利用は難しいので捨てられる運命だ。 ポリネチレンやビニールと似ているが違う。特長は、ねじったときにそのままの状態であること。だから、キャンディー等の包装につかわれる。

そんなセロファンに惹かれるアート作家、鈴木隆。本作ではセロファンを主役にした作品を作り上げた。こうした、ひとつの「素材」に着目して、シンプルに作り上がる作品は僕は好きだ。ひとつの「素材」とは「源」である。複雑にいろいろな組みあせで、構成される今の現代の社会。素材には、さまざまな機能と歴史が隠されている。そういえば、昔のアーケードゲームもモノクロだった。それにセロファンを重ねて色をつけていたゲーム機を見たことがある。これはセロファンのとても技術的で、文化的なエピソードだと思う。素材には、なにかが隠されている。

ishikawa
Text by アート・メディアライタ 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)

鈴木隆 cello 500m 美術館vol.22「北の脈々 -North Line2-」」
会期:2017年4月15日(土)~7月5日(水)
会場:札幌大通地下ギャラリー 500m美術館(札幌市営地下鉄大通駅内)

NEWS

NEWS No.17031「吉野隆幸 12メートルの貧乏紙・貧乏神 500m 美術館vol.22「北の脈々 -North Line2-」」

2017.07.12

吉野隆幸

家の中にダンボール箱がたまる。月に一回程度業者さんに引き取ってもらう。たまったそれらは、折りたたんで目立たないところにしまっておく。僕が欲しかったのはダンボールではない。ネットで注文して、ダンボールで梱包された商品が欲しかったのだ。だから、ダンボールの中のアイテムを取り出したら、宛先シールとビニールを剥ぎ取り、ダンボール素早く折りたたむ。業者に渡すことがリサイクルだと信じる。

ダンボールがまだ一般的では無い時代は、運送には木箱が使われていたそうだ。僕はその点でリアルな体験はない。古い映画で木箱に入った荷物をみたことはある。その中には、りんご木箱もあったと思う。僕にとってりんごの木箱は、歴史の中の出来事だ。

吉野隆幸は、1957年生まれの北海道の美術作家。流木等の木材をつかったオブジェやインスタレーション作品を制作・発表している。本作はりんごの入っていた古い木箱を素材にして、神を具現化した作品となっている。りんご箱と神、というと最初は僕にはさっぱりわからなかった。神も未知だが、りんご箱も同じくらいわからない。

想像してみる。りんご箱がダンボールの先代だとする。僕はネットで注文したものが木箱に運ばれてくるというのが大変イメージしづらい。受け取って運ぶのはすごく大変そうだし、簡単にたたむこともできない。いや、たたんでいいのかもわからない。無視できない存在感がある。昔はこの「たためない箱」が必要なもの(りんご)等をいれて全国に運ばれていた。木箱には「運ぶ」というたしかな、存在感があったのだと思う。

りんご木箱が運送に活躍して時代は、当然インターネットもなかった。電話や手紙によって、木箱は日本全国をまわったいたのだろう。クリックひとつのネット注文の実体感のなさとダンボールの存在感の薄さは「運送」という行為を、無視している訳ではないけど、感じないものにしてしまう。

では、本作に表現される神についてはどうだろうか。僕は神はいるとは思ってはいる。自分にとって神とは科学や理屈を超えた存在。信じたほうが人生を生きやすい。なぜかって?人生の不条理を受け入れやすいのだ。ロジックだけで人生を切り抜けるには人生は複雑すぎる。では、りんごの木箱は?これに感じるのは過去のツールであり「思い出すもの」である。そう、りんご木箱自体は過去に存在した道具にすぎないが、それを「運送」という行為を思考させるオブジェになりうる。ただ、それだけの存在では感じ取るのは難しい。ただの箱なのだから。

吉野隆幸は、本作でりんご木箱を素材に使うことによって「過去」と「運送(はこぶ・はこばれること」を「神の目」によって考えさせるアート作品をつくりあげた。ワンクリックなネット時代が進めば進むほど、僕達は自分おこなう行動の意味性を考えなくなっていく。残るは即物的な欲求の満足だけである。しかし、それだけでは砂糖水を飲み続けるようなものである。喉は乾き、体にも悪い。本作のような記憶の可視化と思考をうながす作品は、人が生きやすい行動のための大切なヒントをくれると思う。

ishikawa

Text by
アート・メディアライター  石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)

吉野隆幸  12メートルの貧乏紙・貧乏神
500m 美術館vol.22「北の脈々 -North Line2-」」
会期:2017年4月15日(土)~7月5日(水)
会場:札幌大通地下ギャラリー 500m美術館(札幌市営地下鉄大通駅内)

 

 

«...234...10...»
ARTICLE

CATEGORY

LATEST ENTRIES

ARCHIVES

CLASSIC CONTENTS

website design by shie sato

SAPPORO ART & DESIGN MAGAZINE NUMERO DEUX 札幌 アート&デザインマガジン ニュメロデュー

copyright @ NUMERO DEUX allrights reserved.
top