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190106「歩く音楽というメディアの発明」

2019.01.06

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朝、散歩をしていると
ラジオの音が聞こえてくる どこかの家かなと思う
音が近くになる
すると、人も近くになった かなり年配の男性 自分の親より高い
腰にはAMラジオがついていて、
音楽が聞こえていた

僕は考えた。ソニーのウォークマンが「歩きながら聴く」音楽プレイヤーをを発明したというが、この人物はその前から歩きながら聞いていたのだ。ここで調べてみる。ウォークマンが1979年に発売。携帯できるラジオは正確にはわからないが、トランジスター技術によって1960年代にはあったようだ。

人は「歩きながら聴く」という要求を持っていた。「歩きながら聴く」というのは2つ機能があるひとつは同時に移動をしていること。もうひとつは、視界の風景が変わるということである。

最初のは「実用性」であり、後のは「気持ちの良さ」がある。もって運べるラジオができた。最初はバッグ等にしまいこんでただ「運んだ」のだろう。でも、ある時流しながら歩いてみたそれは、都合が良くて、そして目に入る風景とあわせると、流れる音楽がより楽しくなった。

それは後の「ヴィデオ・クリップ」につながるかもしれない。
「歩く音楽というメディアの発明」だったのだと思う。

歩きながら聴く音楽は時間の芸術
風景はビジュアル

僕は仕事場には歩いて20分くらい。帰りにより道をすれば、1時間くらいになることも。歩きながら聴く音楽は生活の中で貴重で楽しい時間だ。iPhoneでもいいけど、僕は小型でクリップのつきのMP3プレイヤーが好きだ。これをコートのボタンのところにつけて歩く。
.
最近写真の新しいものを買ってしまった。なぜなら、iPodシャッフルが見当たらなくなってしまってのだ。いつかどこからか出てきて欲しい。こういったプレイヤーはMac対応については明記してないが、まず大丈夫だ。付属のコードでMacにつなげばUSBメモリーのように接続される。

そこにiTunesのフォルダにある音楽データーから、ファイルをドラッグ&ドロップすればOK。外出時に忘れると、かなり悲しい。 ほとんどの場合、僕は取りに帰る

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Text by メディアリサーチャー 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
〜文化とアートとメディアについて考えて、書くのが好きです。
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ふりかえり2018年「1月 室蘭工業大学の会議に出席して」

2019.01.03

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2019年1月。今月は月ことに昨年を振り返り、

今年のことを考えていきたいと思う

2018 年 1 月                                                                                            :

できないとは、本当なのだろうか?
今の時代一番大事なのは「やる気持」だと思う。
それは精神論ではなく

室蘭工業大学市民懇談会の委員の話
人生にはリセットはない
あるとしたら「リセットした」という気持ちだけ
ただ。気持ちさえあれば生きやすくなるので
過去の執着はしないが、とっておきたい過去もある

僕は室蘭工業大学の外部委員をやってましてその会議がありました。本会議は、市長や教育機関、商工会議所、メディア関係者から構成される会議で、大学の取り組みについて、報告を受けたり、大学と地域のむすぶつきについて委員が意見をいいます。

大学は現在でも、一般向けの市民講座や講演、学校祭、まちの人を取材して、そのポスターづくりなどをしています。また、誰でも利用できる学食というのも地域とつなぐ大切な存在だと思います。

反面、一方、大学は一番の存在意義は研究機関であるから、地域との関係性よりもまずが研究の最大限の力をいれべき、という考えもあります。もちろん、それも理解できます。 ただ、僕の好きな言葉に「知ろうとしないものを、忘れられる」というのがあります。

つまり、これを大学と地域で考えるなら、大学が地域を知ろうとしないことは、つまり地域に忘れられてしまうことなのです。 忘れられてしまうことは無いのと同じ。 僕は大学には、もっと大学を知ってもらうメディアをつくることと、大学内に場所を作ることを提案をしました。

具体的には、今のウェブサイトとは別に地域に知らせる・つながる発信をすること、大学内にOBや外部の人、気軽に来られる場所をつくることです。 新しい取り組みには必ず、予算と時間の問題があります。それが大きな壁だと。

昔はどうだったかもれません。今も同じなのでしょうか?? 情報発信としては今はSNSなどの既存の無料インターネットサービスがあるので、それらを利用すればいいし、場所については大学には既に無数の空間がありあります。

時間の問題だって、職員、教員、学生全員が分担しておこえば不可能だとは思えないです。 つまり足りないのは、ただひとつプロジェクトを進行する「思想」と実行する「プロデュース」なのです。僕は情報発信することも、人の集まって空間づくりもメディアだと思っています。

メディアとは人と人をつなぐ「媒体」です。その媒体をつくるサービスや、空間はある。後は実行するのみなのです。 お金もかけず、時間も最小限で長期期的な取り組むのできる方法を考えてほしい。

それは今の時代できるはずなのです。
不足しているのは「やる気持ち」だけだではないでしょうか。

関連リンクは以下
平成28年度室蘭工業大学市民懇談会 http://numerodeux.net/?p=16682

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Text by メディアリサーチャー 石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
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「オルタナティヴスペースは存在できるか?2018.12.08 八雲×札幌『オルド』in カミヤクモ321 」

2018.12.29

 

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▲「オルド」@カミヤクモ321の様子。後半のトークタイム。


12月は早い。師走とはよくいったものです。
気持ちだけが先走って、
なにもできてない気がする。

年が明けないうちに、
12月の八雲でのイベントにゲストで参加した体験から、
空間をつかって表現することを考えてみました。

1.僕は「メディア」について考えている。
 メディアは踊る


イベントも「メディア」である
なぜなら、送り手がいて受け手がいるのは同じ


僕は「メディア」に関する活動をしている。ウェブで発信したり、フリーペーパーにつくったり、行政や大学とのメディアづくりや意見交換、ワークショップや講師もおこなっている。

メディアは人と人をつなぐ技術であり、心情や考え方に影響を与える身近で重要な存在。メディアは「方法」と「内容」構成される。「方法」とは、や紙やインターネットなどの伝える技術。「中身」とは具体的に伝えたい内容や表現である。

僕はイベントもメディアだと考えている。空間という「方法」で、なにかを伝えるからである。そして、メディアとは「伝える技術」ではあるが、「受け手」(イベントなら参加者)の解釈によって、いろいろ変化することに味がある。

その現象は、受け手もメディアを構成する要素だと考えれば理解しやすい。ふと頭に浮かぶ。世の中のセミナー、講習会といったイベントには、終了後に講師や参加者を交えて交流会が用意されている場合が多い。

そこに参加したお客さんの感想で興味深いのがある。それはメインのイベントより交流会のほうがおもしろかったし、有益な情報交換もできたということ。この「あるある」な話は深くイベント(=メディア)のひとつの側面を感じる。

僕はこういった(メディア)の意図しない出来事を「メディアは踊る」と捉えている。制作者の意図だけがすべてではない。メディアの意図したことだけ、を起こすのはもおもしろくない。プラスアルファを生み出したい。

僕はメディアとは送り手と受け手が、手をつないで作るものだと思っている。メディア(イベント)をコミニュケーションと捉えれば一方通行はおかしい。メディア(イベント)のテーマをキチンと表現しつつ、参加者の気持ちや意見がイベントに反映されたほうが、よりおもしろい。


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▲「オルド」の中のゆるふわな光景

2.八雲のイベント「オルド」にゲストとして
 呼ばれてみた。うれしいです。


イベントのゲストに呼ばれるということは
「イベント=メディア」の理屈からいえば
自分自身がむき出しのコンテンツになるということである

2018年12月8日「オルド」という交流イベントのゲストに呼んでもらった。ゲストは8人で札幌のクリエイティヴ系シェアオフィス「tab」のメンバーである。僕は以前このオフィスにいた。会場は北海道八雲町にある「カミヤクモ321」というところ。

「オルド」の主催者八雲町在住のウェブデザイナー小島美紀。彼女も以前、札幌在住でtabのメンバーとなり現在は拠点を八雲町に移しているが現在もtabのメンバーである。

参加者は入場無料。そのかわり一品食べ物等をもってくる。DJやVJによる映像や音楽をバックに立食スタイルで交流を楽しむ内容。なにか特に大きな軸やテーマがある訳ではない。このふんわりとした感覚は、なんだろう?と思い起こせば、

最初に書いたイベント後の交流会のノリに似ている。受け手が自立しやすい(踊りやすい)空間が用意されているのだ。ライブや講演といってカチッとしたイベントと異なる「交流をテーマにしたワークショップ」と考えればいいかもしれない。

要するに不特定多数の「飲み会」なのだ。こうしたふわふわしたフリーな交流会というのはもっとあっていい。なぜなら、住むところも、仕事も年代も違う交流は、楽しく豊かに生活していくカギだと思う。世の中お金だけじゃない、と思いたい。

もちろん、お金がないと生きられない。しかし、お金だけでも生きられない。僕はこの2つを天秤の感覚で生きるのがいいと思う。よくお金がなくても生きられるとか、世の中はお金が全てとか極論は良くない。どちらも疲れるだけだと思う。

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▲ 初代シェアオフィスtabの風景(2012)

3.シェアオフィス「tab」
得意分野の違う、
知り合いフリーランスが集まった
シェアオフィス

 

シェアオフィスとは、ゆるやかな関係性があって、
そこから、シェアオフィスを自分たちで探して、
じぶんたちで作っていくとおもしろい。

「オルド」のゲスト「tab」について説明しよう。このグループは札幌でフリーランスでデザイン、映像制作、映画上映企画、アート企画などなどおこなっている知り合い同士が、お互い得意な分野でいろいろ一緒にできたらいいね、

という発想から、それならオフィスを一緒にすればいいんじゃない?というコトからはじまったシェアオフィスである。だから、同じオフィス内にはいるがひとつの会社組織という訳ではない。必要に応じて共同作業もおこなっている。

シェアオフィスには、運営会社があって、ビジネスとして一般募集するものも多い。古くから机、電話ひとつの共同「貸事務所」として存在していたもの。この場合は基本知らないもの同士だし、スペースの設備や使い方は運営する会社が決める。

しかし、tabのようにシェア前から知り合いという、ゆるやかな関係性があり、共同で借りるスタイルだと、オフィスのいろいろな設備やレイアウトなどを自分たちの話し合いで決められるのはいいい。家賃も頭割りすれば、好立地・設備のところが借りられる。

気のあった者同士でオフィスをシェアする。テレワークの今では素朴な感じだ。でも、そういった「同士」が探しやすくなったのはインターネットのおかげと考えらえれる。そういう意味では気のあった同士のシェアオフィスはとても現代的なスタイルだと思うのだ。

自宅で仕事をするテレワークもひとつの方法であるが、ベストとは限らない。僕は特定のオフィスを持たない「ノマド」より「シェアオフィス」のほうが好きだ。完全なノマドワーカーとは、仕事上の必要性がない限り居心地の悪さを感じる。

僕たちはみんな心情的には「ホーム」を求めると思う。シェアオフィスには、お金や仕事の能率化に加えて、ひとつのコミニュティが作られる。それが楽しいと感じることに利点を考える人も多いと思う。

話を「オルド」に戻そう。

o1▲「カミヤクモ321」

4.「カミヤクモ321」
北海道八雲町にある文化発信スペース

車は雪の降る中どんどん道を進んでいく
まわりの風景はどんどんフラットになっていって美しい。
「321」って住所なんですね。数字の並び素敵です
まるで楽しいことのカウントダウン

八雲町にある「カミヤクモ321」。この場所の運営の代表は同町での八雲キャンドルナイトの主催者でもある青沼千鶴。雪を払いながら中に入った時、僕はここは「オルタナティヴ・スペース」だと思った。これは現代美術用語である。

その意味は「美術館でも画廊でも文化センターでもない、それらから相対的に自立したアートスペース」と定義される。日本では80年代くらいより使われている用語。80年代って最近だなと思ったらもう40年ちかく前か。僕も歳をとった。

繰り返そう「カミヤクモ321」はまさに「オルタナティヴ・スペース」であった。その場所から説明しようか。所在地である北海道八雲町は、人口1万6千人ほどの町で近めな大都市は函館となる。平地の多い農業・酪農・漁業もあるまちである。

このまちまで札幌から高速を使えば車で3時間くらいか。JRでも同じくらいかな。高速インターの「八雲」やJR八雲駅から車で15分くらいの場所にある。町の中心から少し離れた場所だ。まわりの自然と静けさは気持ちがいい。

建物は広めの平家。もとはそば屋さんだった古民家を少しづつリノベーション。さまざままな文化的なイベントを開催する空間に改装「カミヤクモ321」となった。木造のつくりを生かしたシンプルで安心感のあるつくり。

ここでは 映画上映、ライブ、マルシェ、ワークショップ、講演会、町の外から来た限定ショップやカフェなど、まだ新しいスペースでありながら多様な企画がおこなわれている。厨房があるので本格的な飲食の提供ができる。

また、奥に和室の部屋で宿泊も可能になっているのは、このスペースの大きな利点だと思う。僕の知る範囲では厨房と宿泊ができて、利用しやすいところは少ない。もっと、この空間について知りたくなった。実際に代表の青沼さんに 「カミヤクモ321」について聞いてみた。

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5.青沼千鶴さんに尋ねてみた
「カミヤクモ321」について

——– このスペースはいつできたのですか?

元蕎麦屋の空き家を借りたのは2017年の秋。リノベーションをDIYで始めたのが2018年の春。その頃イベントをあの場所でやり始めました。

——– 青沼さんは代表ということでいいのでしょうか?

代表は一応私です。仲間は14人くらいでコアメンバーは6名です

——–はじめた理由を簡単に教えていただけますか?

いまあるものに光をあてて宝にすることにおもしろさを感じています。古い建物の、独自のストーリーを語るような佇まいもまた好きです。八雲にはいいものがたくさんあるし、ないものは自分たちでアイデアやスキルを持ち寄って作ればいいと、志を同じくする人たちと町はずれから点を打ってみたいと思いました。

——–飲食から展示まで活発な活動はすばらしいですが、こうした企画はどのように。青沼さんから、 知人経由または、いろいろ声をかけておこなわれるのでしょうか?

企画は、インスピレーションが降りてくると決行します。「こんなのやってみたい!」と思うと、不思議と出会いに恵まれるんです。ありがたいことに噂を聞いたアーティストからオファーしていただけることもあります。

素晴らしい特技を持った人を見ると、もったいないから引っ張り出してみんなに紹介したくなる性分で、「ちょっとやってみない?」というところから飲食出店などが始まることもあります。普段いろんなところにアンテナ張って、おもしろい人探しをしています。

ありがとうございました。
要点を押さえた、気持も伝わるお返事なので、そのまま使わせてもらった。この文章にはオルタナティヴスペース活用の要点が端的に説明されている。興味のある人はプリントして壁にでも貼ってほしい。

僕はこれがすべてだと思う。結局、方法というのはシンプルなのだ。大切なのは気を使った継続的な実行力なのである。特に「企画は、インスピレーションが降りてくると決行します。」これはとても共感できる部分だ。

僕も時々イベントを企画する。それは実行に関してはインスピレーションという場合が多い。はじまりはあまり考えすぎいけない。企画の立ち上げはフットワークよく、でも制作は気を使って最後までやりぬく実行力が大事だと思うのだ。

イベントの方法論は思いつきを大事にする。そして、やりながら考えるのもアリだ。細かく実行と確認を繰り替えしながら、期限までに制作を進めるのがいい。基本コンセプト以外は柔軟に変更を許して関係者と共有していこう。

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▲ 熊にかこまれDJ。光栄です。


6.再び「オルド」世界へ
 夜の時間は深まっていく

イベント「オルド」に話しに戻そう。

和やかに交流会は進んでいった。僕はご無沙汰だったtabメンバーや八雲の方々とお話したり、木彫りの熊にかこまれながらDJをしたり、プロポーズの言葉を考えるカードゲームをやったりした。レベルの高い参加料の「一品もちこみ料理」を楽しんだ。

青沼さんとお話すると、今回の「オルド」のようなVJやDJがありつつメインは交流会というイベントはこの場所でははじめてでユニークに感じでくれたようだった。たしかに、今までこのスペースで開催されたイベントとは異色だったと思う。

これまで「カミヤクモ321」で行われたイベントは、展示や飲食など軸やテーマがしっかりとしていたカチッとしたものが多い。どれも魅力的、そして圧倒的に正しい。だが「オルド」のような「ゆるふわ交流会」もありだと思う。

両方あるのがいい。カチッとしたイベントを学校の授業と例えるなら、「オルド」のようなゆるふわな交流会は放課後のサークル活動みたいなものかもしれない。繰り返すが、どちらが正しいという話ではない。どちらもあったほうがいい。

そして、思い出すのは札幌にあった「ATTIC」というオルタナティヴスペースである。そのことについて書いてみよう。場所が変わり時間も遡る。

60▲「60時間耐久新年会」@ ATTIC  2008.1.12(土)~14日(月)


7. 「ATTIC」という札幌の
オルタナティヴスペース
過去への旅

 

上の写真。自分のサイトから引っ張り出したきたが凄い写真だ。「ATTIC」という場所の雰囲気が伝わると思う。「カミヤクモ321」違うよね。話を戻そう。メガネの人は10年前のカジタシノブ。

ここで、少しタイムスリップ。「オルタナティヴスペース」と聞いて、僕が思い浮かぶのはかつて札幌に存在した「ATTIC」である。少し書かせてもらう。「ATTIC」は「カミヤクモ321」と同じオルテタナティヴスペースである。

「tab」のメンバーも「ATTC」と関わりがあり「ATTC」がなければtabも生まれなかったかもしれない(というほどでもないかもだが)。少しそう思いたい。ノスタルジックな自分の気持ちを混ぜてかつて存在した「場所」について書く。

「ATTIC」は2007年に札幌市中央区にオープンして2011年に終了したオルタナティヴスペースである。トークイベントから、ライブ、個展、飲み会、演劇など多様な表現を発信してきた。今、思い起こせば今から10年も前だけど、

当時から「ボロトーク」ネットライブ映像配信をしていたのも先進的だったと思う。その方法はYoutubeではなくustreamだったのが時代を感じさせる。そう、当時ライブ配信といえばustreamだったのだ。

ATTCの良かったところは、立地と運営のセンスの良さだと思う。札幌の老舗ミニシアターのシアターキノの跡地であり、キノの前身は「オルタナティヴスペース」である「イメージガリレオ」であった。つまり、歴史ある文化発信の場だった。

札幌中央区中心部だといっていい大通にもススキノにも近いエリア。あと、そのあたりはジャズ喫茶や古着屋、気の利いた飲食店につながっている場所であった。あと、現在、tabメンバーであるカジタシノブや、大塚黒を中心とする運営者。

この存在は番大きい。「ATTC」は貸しスペースであり、同時に運営者自身も企画をおこなう場所であった。そのことによって「ATTIC」は札幌のサブ・カルチャーの語るべき歴史の一部になったと思う。これが単なる貸しギャラリーだったら、

こうならなかった。あと僕の個人の印象だがATTICには「ビジネス」の匂いがしないことか。ビジネスは否定しないし、お金は大事だし、そうしたイベントもあり。だけどATTCはそれよりも「なんか表現・交流したい」という空気を感じた。

未知数なアイディア、交流だけでもなにかやりたいと人に表現やコミニュケーションの場所をあたえていたと思う。運営者が「やってみれば」といって場所を提供していく。あらゆる表現者のお手伝いをしていく。

僕がこの「センス」って継承されていくべきだと思う。ATTCのイベントの持っていた「ゆるさ」って素敵だと思う。メディア的にいえば「隙」がある場所だった。これが大事。人が欲しければ、入りたくなる「隙」をつくるのだ。

ただ、「隙」だけでは形にならない。こうしたスペースは「隙」や「ゆるさ」を巧みに捉えて、ひとつのイベントとしてつくるあげないといけない。そしてイベントは続く。こうした運営者は空間を手がけるアーティストなのである。

 

8.「オルタナティヴスペース」
と「シェアオフィス」
オルタナティヴスペースである「ATTIC」

 

その場所の持っていた「クリエイティヴ」のカタチは現在、
シェアオフィスは「tab」と姿を変えてあるのではないか。

再び話を戻そう。後半のことを書くときに「ATTIC」のこと知っておいて欲しかった。「オルド」の後半にカジタくんがtabメンバーを紹介していくコーナーがあって、その中でtabのスタンスや特長を説明していくのはうまい。

例えば、自分の専門をあまりしばられないこと。機会があれば新しい分野もやってみること、その結果としてできることの幅が広がれば、自分の活動の幅がひろがっていくとこと。シンプルな考え方だが今の時代に一番必要だと思う。

イベント等で人員がいなくて、やむなく自分がやることになって、いつのまにか身について、それを他人からも頼まれることにもなる。そんな出来事がある。もちろん、いろんな分野で、抜群のプロになるのは難しい。

でも、「そこそこ普通にできればいい」という場面は結構ある。そこに対応できるマルチなセンスはあるはとってもいいと思う。「そこそこ普通にできる」というスキルは、今はインターネットでで学んだり、ネットの無料ツールの活用でできる。

あと石田勝也が「札幌にはプロデューサーが少ない」という話があって、長くなるといって止められていましたが(笑)。これは本当にこのテーマで、ひとつのイベントができるくらい大きなテーマだ。プロデューサーは大切な存在だ。

そもそも、プロデューサーとはなんなのか。なにをする人なのか、というところから定義したい。僕が考えるプロデューサーとは、なにかクリエイティヴなことをする時に、お金・空間・人材・機材・宣伝について一通り考えて、制作をする人。

総合的に考えることができて、決定力のある人だと思う。この定義だと、オルタナティヴスペースを自分で企画も出して運営する人って、まさにプロデューサーだといえる。「カミヤクモ321」の青沼千鶴さんもプロデューサーだし「オルド」を企画した小島美紀もそうだ。

 

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9.人の交流は、クリエイティヴになりうる。

「オルタナティヴスペース」はそこに住むみんなで育てる
空間なのである。

「オルド」の夜もふけてきた。ソフトドリンクを飲みながら、八雲にお住まいの方とお話をする。すると、毎週のように「カミヤクモ321」に顔を出している、と話す人も多い。もとは蕎麦屋さんだったという親しみやすい空間。

そこでおこなわれるさまざまな飲食販売、展示、ワークショップ、ライブなどなどの興味深い企画。おやすみの日に行きたくなる空間、というのは実に素敵ではないだろうか。日常の延長にある非日常な空間の魅力がここにはある。

家や仕事の人間関係が薄くなっていく今、こうしたオルタナティヴスペースの存在は、生活に必要なコミニュティをつくっていくという機能があるのではないか。その機能を行政が作りだすのも必要だけど、もっと気軽な場所あってもいい

こうしたスペースの持つフットワークの良さが魅力的だ。「カミヤクモ321」はまちの文化の発信の場であり、交流の場であり、そして「観光名所」になる魅力がある。そして、愛される場所になっていくといいと思う。

「愛」と書くと気恥ずかしいが「愛着」といったほうがわかりやすかもしれない。そして、そういった場所での「オルド」のもっている「ゆるふわ」な交流会は、楽しさとクリエイティヴを生み出すキッカケができる良い組み合わせだ。

10.最後のまとめに

「オルタナティヴスペース」は存在できるか?

「オルタナティヴスペース」を育てるのは運営者だけではない。そこに来るお客さんも大事、というより不可欠な要素だと思っている。お客さんはこないけど成功した、なんていうオルタナティヴスペースは聞いたことがない。

こうした場所に積極的に参加してみる、というのも素晴らしい個人でできる文化芸術活動だと。良い表現は良いお客さんが育てると僕は思う。

オルタナティヴスペースは、
運営する人の気持ちと、それを受け止めるお客さんがいれば、
存在できる。行ってみよう、
その空間へ、イベントへ。

 

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「ordo」(オルド)
日 時:2018年12月8日(土)
会 場:カミヤクモ321(八雲町上八雲321)
ゲスト:カジタシノブ・石川伸一・石田勝也・大塚黒・クスミエリカ・モンマユウスケ・輪島康平・小島美紀 

ishikawa
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