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REPORT

高校生に教える。人生は毎日「取材」だということ。

2019.12.08

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メディアづくり・まちづくり・ひとづくり      
石 川 伸 一 のちいさな社会学活動。

2019年7月19日(金)北海道登別明日中等教育学校にて、夏休みにフィールドワークをする生徒さん(4・5期生)に向けてメディアづくりの授業をやりました。生徒さんは大変熱心に良い反応をみせくれて、とってもやりがいがありました。機会を与えていただいた太田 稔 (Minoru Ohta) 先生には感謝です。

そのことについて、書いていこうと思う。

時々、僕は「教える」という活動をする
内容はメディアについて、メディアづくり
というテーマが多い。

僕は専門教員ではないので、
最初のきっかけは忘れてしまったが、
そういった依頼があったからだと思う。

僕は未経験の分野でも、
依頼されたことは断らないようにしている
依頼者も常識的な方なら、僕のできるような
ことを依頼してくるから、まずはうまくいく。

「取材」というテーマも、僕ができそうなテーマのひとつ。
みんな「書く」こともあまり教わらないで社会に出るけど、
取材についてはもっとそうかもしれない。

取材というのは、場所や人について、自分で調べて
文章を作成することだから、有名人のインタビューなどだけではなくて、
仕事や学校のレポートの中にも「取材」がある。

もっというなら、僕たちは日々、なにかに出会い、それについて
評価したり、反応して発信しているのだから、
日常生活も大きな意味の「取材」の連続だといえる。

今回、生徒さんの「探求」のために講義を依頼され
学校の探求授業のカリキュラムの中でおこなった。

「探求」とは、生徒の自由研究のようなもので、取材を伴う今回「外に出る」探求活動について、役立つような講義をしてほしい、という依頼で「取材ワークショップ」というタイトルで取りくむことにした。

ただ、人数が多いことと、時間が1コマなので「取材」という生徒さんには未知な分野だと思うので、そこを全面的にワークショップ(体験型講義)にしてしまうと、基本的な知識が抜け落ちる可能性がある。だから、座学に近い講義形式にしつつも、配布の教材を問題形式にして、その回答についてディスカッションしながら、進めていくことにした。そこで少しワークショップぽい風味が出せたかなと思っている。

僕は、昔ながらの講義形式(座学)も利点は多いと思っている。その時間で、必要な知識を得てもらう、理解してもらう、という点では講義形式はやり方によってはかなり有効であり、基本であると思う。もちろん、それを教える側の能力が一番大切なのはいうまでもない。授業というリアルタイムの中で、必要な単語を暗記させて、そしてロジックを理解してもらい、
終わらせることができれば素敵だと思う。

ワークショップ形式は、もうすでに得ている知識や体験「応用編」という側面を持っていると僕は思う。だから、いきなり受講者の理解の浅い段階でおこなうのが良くないと思う。ワークショップは気をつけないといけない。やった感じだけ受講者に与えてはダメなのだ。

それにしても、明日中等教育学校さんは、本当に初見の僕の講義によく反応してくれて、嬉しかった。賛成でも反対でも反応してくれるのは嬉しい。高校生相手の講義はとても緊張したけど、機会があればまた講義をやってみたいと思った。

この体験も僕にとってんも「取材」であった。

 

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Text by  石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
メディアづくり まちづくり ひとづくり  をテーマに活動中。

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REPORT

本番の前の「下見」は楽しい。コスパのいい知的な快楽。     

2019.12.05

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メディアづくり・まちづくり・ひとづくり      
石 川 伸 一 のちいさな社会学活動。
2019.7.16   教える前に考えたこと

画面にみえる動画サイト
再生、一時停止、早送り、巻き戻し
のボタンを眺めていると、

時間を支配していく気分には……ならない
時間は相変わらずの無情にすぎるだけ。

時間の捉え方もある
変わらないこともある。

その日、講義をさせていただく会場に下見にいった
僕は下見が好きだ。

取材の場合も、可能な限り下見をおこなう。
市内なら楽勝だ。仕事後の楽しみになる。

この感覚は何だろうね。

本番では、もう立ち止まれない。
やるだけである。
進むだけである。

でも、「下見」は素晴らしい 立ち止まることができる
考えることもできる よそ見もできるし、コーヒーも余裕で飲める。

僕はもともと、編集者やプランナーだから。
だれにも知られず、机の上で考えるのが好きだ。
この「立ち止まれる」プロセスがあるのが好きなんだ。

下見はもちろん、実用的な意味もある。
その場所に迷わないということ。あとアクシデントを防ぐ。

取材の話をすれば、
今、ネット検索や、当日でもスマホでその場で調べられので、
場所確認の下見の重要性は減ってきているのかもしれない。

ネット以前は、単純に道に迷ったりしないか。
また、取材用のカメラやレコーダーの電池が必要に。
なった時、取材先のコンビニを事前に調べたりした。
昔の話だ。今でもクセでやっている。

道に迷えば、最悪取材先に電話で聞けばいいけど、
やっぱりそれはカッコ悪い。

2019年7月16日、その日も下見だった。
取材ではなく、講義だ。
場所は北海道登別明日中等教育学校。

カメラと、講義で使うノートパソコンを持参した。

会場に入って、地声でいけるか、マイクを使うか考える。
ノートパソコンと会場のプロジェクターの接続を確認し、
写り方もみる。会場の照明もつけたり、消したりしてみる。

僕にとって、取材先の下見が、取材の一部であるように
会場の下見も講義の一部だ。
下見と本番で2倍の知的な快楽。

下見は、講義や取材だけではない。

「本番」があるなら、必ず下見のできるチャンスはある。
「下見」にいってみよう。

楽しいから。
とても楽しいから。
コスパの良い知的な快楽。

 

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REPORT

行動のない、考えたこと は意味がない

2019.12.01

 

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メディアづくり・まちづくり・ひとづくり      
石 川 伸 一 のちいさな社会学活動。
2019.6.21   生徒たちの相談を受けた。

行動のない「考えたこと」は「考えたこと」ではない。

絶対的なことは、時間がすぎること
どうやら、それだけは確実なようだ

生徒さんの悩みは、自分の悩みでもある。

そろそろ、今年の活動を振り返ってサイトを更新していこうと思う。
なぜなら、朝、窓から見える車のフロントガラスは凍れている。
もう、北海道は冬といってもいいが、テキストは今年の春あたりまでさかのぼろう。

 

1.6年の明日の日

2019年6月21日にひとつの学校にでかけた。北海道登別明日中等教育学校は、温泉で知られる登別市にある北海道では珍しい中高一貫の公立学校である。そこの教諭、太田稔先生に誘われて、授業の参観と生徒さんの相談に乗るという企画をやらせていただいた。

僕の他にも教育関係者が7〜8名程度参加していた。相談する生徒はあらかじめ、相談したい相手を予約して、お昼休みや放課後に相談時間をおこなうスタイル。僕はひとつのグループと2人の個人を担当した。

高校に足を踏み入れるのは何年振りだろうか?いや、それははっきりしていてで自分が高校生以来。社会人になってから、 大学なら、知人の教員を訪ねたり、講師を頼まれたり、 試験手伝い入ってことはあるが、高校は本当に無い。

部外者入口から入った高校は、自分の過去のイメージとは違うものだった。自分の思い出では、高校はグレーで殺風景で、シンプルすぎる構造の実務的な空間であった。まぁ、当時はそういうものだと思っていたし、そこに不満はなかった。

 

2.木目と重なる生徒たちとグレーな僕の思い出。

しかし、今回足を踏み入れた北海道登別明日中等教育学校は、インテリア全体に木目が使われていてとても優しげであった。また、ところどころに逃げ場的なベンチがあったり、教室も廊下から様子が見える作りになっていた。開放的で居心地がいい。ベンチやテラスがあるなんて!

吹き抜けもあって、全体的に居心地の良さを感じた。また、廊下を歩いていると生徒が自然に挨拶してくる。立派だなぁ、僕が高校生の頃、そんな記憶がないし、先生以外の外部の人が来る、ということも記憶がないよ。

 

3. 静かに「しない!」授業

さて、まず授業の参観だけど、自分の時代とは違うなーと感じた。国語だったのだけど、先生は板書はほぼしない。小さな紙に書いたミニ課題みたいのを全員に渡して、それをざっとグループをつくり、そこで話し合いをしながらも、答えは各自で出して個別に先生に見てもらうという感じだ。

だから、生徒はまわりと話し合ったり、回答ができた生徒は先生のところにいって、採点を受ける。教室内がアクティヴな空間になっている。「授業中は静かにしなさい!」とは次元の違いを感じるし、生徒はとても楽しそうだった。

すべての授業がこういった感じではないかと思うけど、僕の高校時代のようにすべてが静かな座学、とはだいぶ状況が違ってきていると思った。僕個人は、基本的な講義(座学)スタイルも好きだ。でも、口や手を動かすワークショップは「交流」を学ぶにのにてもいいと思う。

4.相談とは相互理解の点をみつけること。

生徒さんの相談の時間だけど、僕はグループひとつと個人の2名から相談を受けた。お昼休みと放課後。お昼は持参のランチを食べながら。机をくっつけて。そこに僕には甘酸っぱいノスタルジーは皆無だが、意識高く手作りお弁当にでもすれば良かったなと後悔。コンビニのパンもおいしいよ。彼・彼女らの話に向き合う。

そこで受けた個別な内容はプライベートなところにもかかるし、ここで書いても長いわりには伝えづらいので、総論的に書きたいと思う。生徒さんの話を聞いていると、彼らはプライドもあるし、意思もある。これは素晴らしいことである。僕が彼らの年齢に時、そんなものはなかったよ。逆に考えれば、あるから相談に来ていると思うけどね。

5.結論(のような)そして、考えたこと。

彼らと話して学び、考えたのは、
「プライドと意思」と「適切な行動」はセットだということ。
この2つは二人三脚。ひとりだとゴールできない。
異論はあるかど思うけど、僕はそう思ってる。

正直、僕はバランスということが苦手だ
でも、同時に世の中に一番大事なのはバランスだと思う
これにも異論はあると思う。極端でも成功できるハズだと
ユニークともいえる極端な行動こそ、成功のカギではないか?

そうだけどさぁ、ユニークや個性的な極端なことを一番の価値観にするとツラくないですか。そこでまったくツラくない人は、それで突き進めばいいと思う
才能だ。まったく問題がない

でも、僕もそうだが前に進むために、ツラいことは多いし、それに耐える自信がない。だから、極端なことはせずバランスで考える。

それは要するに、いかにツラくなく、かつ結果を出すかということである。
これはとても難しいことなのだけど、僕たちでもできる可能性のあることである。

だから、悩みのある生徒さんには、自分のプライドと意思に対して、適切な行動をセットで考えて、小刻みでいいから、考えたことを行動に移すこと。たくさん考えても、行動が発生しなければ、それは考えていないと思う。

考えれば、必ず行動が発生するのだ。もし、考えが発生しないなら、それはニセの「考えること」。ワナにかかってはいけない。

「行動」の生まれない、
「考え」とは「ない」のだ。
もし、あったとしてもそれに対する評価は「ない」。

 

Ps.今回このような機会をつくってくれた北海道登別明日中等教育学校教諭太田稔先先生に感謝したい。そして、この一月ぐらい後にこの学校で、講義をさせていただいた。その話は次回にでも。


Text by  石 川 伸 一 (NUMERO DEUX)
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