リンチのちょっといい話に泣く。
洋画★シネフィル・イマジカ
「ストレイトストーリー 」(1999)
公開当時、雑誌の記事でリンチの新作は「老人が兄と仲直りにトラクターで遠い土地まで会いにいく話」と読んで、なんだそりゃ、と思った。観る気がしなかった。リンチといえばカルトな作品を期待したからである。
そんな先入観を残したまま今回観てみた。これが凄くおもしろい。老人が主人公のロードムービー。時速10キロも出ないトタクターにキャンプ道具をつけて6週間かけて公道を進む。その道中、家出少女や、鹿を轢いてしまった女性、サイクリングの若者たち、街の老人たちに出会う。
まちがえれば、世の中も悪くないよ、といったフラットな人情ものになってしまうところを、リンチの天性のカルト感は、画面をビシッと決めてくれる。監督としての手腕は奇妙な設定な作品だけではなく、本作のような平凡ともいえる話にも十分に力が発揮されている。
登場するエピソードは「家族は大切」といった、ごくごく平凡なもの。普通ならあまりノル気にならないのだけど、リンチの画面の中で語られたとき、強力なリアリティと、まばたきをするのも惜しいくらいの緊張感が走る。見逃せない。老人たちの表情だけですべてを語らせるの本当に凄い。センスのある作り手はジャンルを選ばない、というのを証明した作品になっている。平凡なこと、一般的なことを魅力的にみせるというのは本当にセンスが必要なことで、僕もそれを目指した作り手となりたいと思う。
ディテールを見ると、やっぱりリンチなのだ。なにかのふりをしたリンチではない。無理をしたリンチでもない。素のリンチの作品だとわかる。本作の後の作品がカルトな大傑作「マルホランド・ドライブ」なのもびっくりするなぁ。