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2013.03.30「東京タンバリン 札幌公演 彼岸花」感想

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東京タンバリン 札幌公演

彼岸花

作・演出:高井浩子

2013年3月28日〜30日
ターミナルプラザことにPATOS

 

 

グレーが重なる日々。

鮮やかな赤色のひと。


 

会場はライブハウスとしても使われる座席のないフラットな空間。中心に舞台セットとしてテーブル、椅子、照明だけでカフェの空間がつくられ、それを囲むように観客席がある。客と役者の距離がとっても近い。



人生30歳むかえるあたりから、何が事実で嘘なのか、良いか、悪いかわからなくなる。20代までのシロかクロかという価値観から、薄い〜濃いグレーのグラデーションの中で泳ぐように生きている。それはそれでいいと。意外と生活は不便にならない。グレーを少し彩る花、つまり、はかなくても信じられる美しいことがあれば、いいやと思う。もやもや、しながらも「まぁ、いいか」で1日が終われれば僕は生きていける。

 

東京タンバリンの公演 彼岸花 の舞台は「結婚式の2次会の打ち合わせ」という遊びのような仕事のようなグレーな集まりの3人。それは仕事ほどマジメさはいらないし、まったくやらないわけにもいかないコト。時間は当然、深夜の入口もみえる夜となる。場所も打ち合わせ仲間の営業中カフェというリラックスできるけど、しきれない場所。彼らしかいなカフェで、今日やっても、やらなくてもいい打ち合わせ。当然、話は脱線していく。

 

彼らの意識は、かつて同じ道を目指そうとしていた過去から、想い出、今のプライベートまですすむ。お互い知っているようで、知らない事。想い出に浸ってもいられない次の予定。彼らのぼんやりしていてシリアスな人生は山も谷があるが、止めることなく進んで行く。この瞬間にも。

それは僕が生きてる感覚に似ている。基本、居心地が悪いことなんだけど、そこに居心地があることが人生の実感なのかなと思う。人生を計る複数のスケールを持つことは、逆に楽になることかもしれない。視界はグレーになるけど。

 

いよいよ打ち合わせというところで、男が中座してしまう。

 

残された女性2人のは話はますます雑談になっていく。
そこに鮮やかな赤の服の女性が登場して、話はグレーに彩りをつける花となる。

 

本作の男女2人が歩くラストの流れはとても美しく、深いシリアスが横たわったまま、終わっていくのが素晴らしい。終わりの瞬間のポップ。人生を知れば知るほどグレーを理解するユーモアも必要だと心にしみる。

 

来年も彼らはまたこのカフェに集るかと思う。人生の居心地の悪さをそれぞれ抱えながら。
でも、それが人生だと彼らは知っているのだから。


花を大事にしよう、と思う。

 


Text by 石川 伸一(NUMERO DEUX)

 

「彼岸花」
作・演出:高井浩子
出演: 森啓一郎・青海衣央里・大田景子/屋木志都子
照明:工藤雅弘(Fantasista?ish.) 宣伝美術:清水つゆこ
制作:一般社団法人ロゴス 東京タンバリン
当日運営:横山勝俊
主催:Real I's Production
助成:公益財団法人北海道文化財団

 

 

 

 

 

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仕事の字間 第07回「お昼の実験(後編)」

Photo

Sigo

第07回
お昼の実験後編)」(2013.3.9)

「仕事の」… 僕の考える仕事とは、報酬に関係なくなにかを成し遂げること。そして、人生は「ちいさな仕事」の積み重ね。そんなことを考えながら、おおくりするコラムです。

前回のあらすじ。
仕事の合間のランチに軽く
絶望していた僕はふと仕事に行くまえにサンドイッチを作って、仕事場に持っていくことを思いつく。そして、なんとか完成はした。

さて、どうやって仕事場に持っていこうか、サンドイッチ容器など持っていない。タッパウェアを探したが、さすがに正方形なサンドイッチがそのまま入る容器は見当たらない。それに 食べにくいなと思って、切ることする。結局、タッパに入れるために4つに切った。あと、冷蔵庫にキャベツのザワークラウトがあったので一番ちいさなタッパに入れてみた。

大小ふたつのタッパ をジップロックにいれて、ナプキンかわりにキッチンペーパーを突っ込んだ。間に合わせ感覚いっぱいの外観がややというか結構恥ずかしい。ここは今後考えたいところ。そのジップロックを仕事用のショルダーバックのA4バインダーのとなりに入れる。さて、これで実験的お昼の準備完了。ここから、朝食作業に戻る。今日はいそがしい朝だ。朝食の準備ができると、僕は一旦、自室に戻り、メールや予定のチエックを6時30分くらいまでにおこなう。そして、シャワーを浴び、朝食を食べて仕事に出かける。実験的サンドイッチをバッグに入れて。

さて、お昼の時間になった。いつもなら買ったものを取り出すか、食べに出かけるのだが今日は違う。バッグからジップロックを取り出す。ナプキンといいたいがキッチンペーパーなのが、やはり継続的に恥ずかしい。ここは最低でも茶色の紙袋に、柄入りのナプキンだよなぁ、と思う。そうだ、ここで保温の小さな容器があれば、スープを作ってくるのもいいなぁと思う。思ってばかりでもしょうがないので、今回の飲み物は仕事場にあったティーパックの紅茶にする。

さて、大タッパを開けて自作サンドイッチを取り出す。食べてみる、うまい。もっと細かく説明すると「ふつうにうまい」。これが僕の求めたいたものだった。僕は、最近のお昼はこれがなかったのだ。

そこそこよさげなハムにマスター ド、マヨネーズとコショウで味付けをして刻んだ茹でダマゴ、そしてシャキシャキしたタマネギ。そして、小タッパからはキャベツのザワークラウトを食べる。やや、 酢が多かったが有機のキャベツがうまい。そして、ティーパックの熱い紅茶を飲む。うまい。安心できる食事。これはいいなぁと思う。なぜ、 今しなかったのか後悔したいくらい。懺悔の時間。

計算をしよう。家計の時間。僕は平均すれば、平日お昼に最低500円はつかってきた。最低ラインで一ヶ月なら12,000円である。僕はこの金額自体が特に悪い、とは思わない。でも、この支出はまったく惰性で、楽しくなかった。楽しくないけど、お昼を抜くほどお腹も持たないので、食べていた。まさに惰性。空腹は解消されているが、どうも精神的には気分転換にならなかった。人はパンのみに生きるに非ず。自分なりに満足してるなら、1万程度の出費は許容できる。しかし、満足してなかった。しかし、僕は今回の自作のサンドイッチは、感動するとかのレベルではもちろんないが「満足はした」。これはとても大切なことだ。人生とは「満足」という感情をどこまで重ねられることかが価値がある。

外食の満足度と年齢の問題もあるかと思う。僕は昔ほど外食に対する満足度が高かった気がする。なんだろうか20代や30代前半くらいまでは500円程度でも気分的には盛り上がって、喜んでお店のランチメニューやコンビニのお弁当やサンドイッチを食べていた。しかし、最近数年、自炊をするようになって、さ らに自炊の食材も、有機とか無農薬、特別栽培、最低でも国産、というのをやっていくと、どうも外食に対する考えも変ってきたようだ。外食=スペシャルな気持ちから遠ざかった。もちろん、うまいくて満足できる外食もある。しかし、今の僕は満足できない外食もいろいろ存在するようになってしまった。

こうして、僕の「新しい昼食」は、はじまった。うまくいく感じだったので、持っていく容器をキチンと買おうかと思って週末ロフトに買い行くことにした。また、今回長くなってしまったので、ロフトで購入した現在の僕の自作ランチセットの紹介は、次回サラリとしたいと思う。

文と写真 石川 伸一(NUMERO DEUX)

 


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